「私は————」

彼女は一歩、踏み出した。霧の向こうへの世界へと。




一度目は帰ってきた。

二度目も帰ってきた。

三度目も、同じように帰ってきた。

帰ってきたという事実だけを見れば同じだったかもしれない。
事実、彼女の周りはその『事実』だけを見ていた。
彼女の中でナニカが芽生えているのにも誰も気づかないまま。

『調査』と言い張って何度もそこへと足を運ぶ。
見たことの無いもの、見たことの無い獣。
初めて味わう感動。彼女にとってその世界は魅力的以外の何物でもなかった。
一つ一つ絡まった糸を解くように。
初めて聞く話を、初めて触れ合う人との温かさを、もっと手を伸ばしたい、と思う、気持ち。
それが正常で、今までの自分がどんなに異常であるのかを知った時、彼女を取り巻く鎖が全て解き放たれた。


それから彼女の姿を見たものは誰も居なかった。

付き添いであった女剣士がまず攻められたが、それは彼女の「あの子が急に魔法をこちらに向けて振るい始めたんだ」という言葉で全てが裏返った。——実際にはこの言葉は全て嘘で、女剣士自らが進んで彼女を逃がすことに協力したのだが——
急に、魔法を、振るい始めた。それは彼女の自我の目覚めを意味することであったからだ。
上層部はこの流れを強く危惧した。これまでと同じように人形のように操れない———それどころか彼女の居場所すら掴めない。もし彼女、時空の魔法使いしか入り込めない空間に逃げ込まれていたら絶対に見つからないからだ。
しかも霧の世界への入り口は、なぜか彼女以外が見つけることはできなかった。
完全なる詰み。彼らは頭を抱え、世界に溜まりゆく『歪み』をどうするかという事だけを考えた。
彼女だけがそれを取り除くことができるからだ。彼らにできるのは世界に対する応急処置でしかない。彼らでは傷を癒せない。
彼女はその行動の意味も必要性も知らないから、戻ろうとも思わない。自分の立場がどんなに異常かを知って、それを今必死に、取り返そうとしているのだから———


その後彼女は、その強すぎる魔力魔法全てを自らの手で封印し、周りの『魔獣』達の協力によって自らが魔法使いであった記憶すらも忘却した。
魔獣達は『彼女』という脅威を鎮めたことから攻撃への契機を掴み、魔法使いの世界を襲撃した。
結果、魔法使い達は急な猛攻に耐え切れず、壊滅。この世界に対する害悪達を全て滅ぼし、世界は『再び』魔獣達の管理下へ———ということになっている。
この世界でもはや魔法を使えるのは彼女、ただ一人。





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うまい具合にイカが焼けた。
新鮮さが大事だと思い生きたままを焼いておきたかったのだが……どうやら【減衰】を支えにした【増幅】の力は思ったより強かったようだ。少し強く鎌を地面で叩いてやっただけで絶命に至ってしまった。

「あの魔神とやらには聞いておきたいことが数点あったけど——」

エンブリオのより効果的な扱い方、それと、時に関するエンブリオのこと。
しかし、引き止める前に去ってしまっては仕方がない。
……もしかしたら「スッキリした」とは言葉だけで全然スッキリしてなくて、その辺で適当にもやもやを叩きつけているのかもしれない。

一仕事終えたようにぱんぱん、とメィレーは手を叩いた。
後は皆が来るのを待つばかり——


「………そういえば、ソルト？」

居ない。
………確かに後ろに下がらせたのは下がらせたが、そのままどこに行ったんだ。


「ったくもう……別にマコトとトウカは二人にしてもいいけど、私まで一人にしないでよね！」



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周り三人がえっちらおっちら歩く中——一人、浮遊。
魔法で浮いて移動している。一人涼しい顔で、かなり楽そう。

両腕でばってんまーくを作る風の子に、しょんもり肩を落としつつ。

ほふ、とため息をついた。でも諦めがついたかのように肩を竦めて薄く笑っていた。

それからぱちりと、彼女の言葉に瞬く。
研ぎ澄ます。竜巻。風の槍。
彼女の声を遮らないよう。ころりと口の中で言葉を転がす。

彼女の顔をじい、と見つめたかと思えば、唐突にそんなことを、口にした。