「生け贄というのは、その言葉通り生きたまま贄にされるということに他ならない。
　贄とは高次の存在に捧げる進物であると同時に、ことをなしとげるために求められる犠牲を指す。
　つまり、生け贄とは生きながらにしてモノとして扱われ、犠牲となることを定められながら
　生きながらえさせられる者であると言えよう。
　捧げられるまで、それは生きていなければならない。生きていなければ生け贄とは呼べないからね。
　逆に言えば、捧げるという儀式さえ終えてしまえば、そこで死んでしまっても構わないということだね。
　丸太にくくりつけて荒波に投げ出すとかいう類の儀式は、まさしくそういう側面があるものだろう。
　捧げられた生け贄がどうなるかなんて、そんなことは送りつけられた方にしかわからないだろうに。」

「時代が進めば、失われる知識もあれば後より加わる知識もある。
　生け贄とは失われるもの、という認識が歪んだあの村では、それに加えて『もったいない』の精神まで取り込んだらしい。
　願いを叶えてもらう対価をケチろうだなんて、なんとも本末転倒な話のようだが。
　おそらく彼等は、もう神様なんて信じちゃいなかったのだろう。
　ただ続いてきた慣習を、歴史ある伝統儀式を、みずからやめることなどできなかった、というところだろうね。
　もともとが狭い村だ。外からヒトがやってくることもないし、村からヒトが出て行くこともない。
　新しい血が入ってこなければ、あとはただゆるやかに衰えていくしかない。しかし衰えたいものなど、この世のどこにいるというのか！
　ただでさえ減りつつあるヒトを無意味に消費などできない。だが儀式をやめるには、今まで多くのヒトを生け贄にしすぎた。　
　さてどうすればいいのか。どうすれば、よかったのか。」

「生け贄とは生きながらにして犠牲となるものである、しかしその犠牲の内容は明確に定義されていない。
　そして、生け贄を受けるべき神は現れず、村の人口は減少の一途を辿り、もはやいたずらに人手を失うことはできない。
　生け贄が死ななくてはならない、なんて。そんなことは、ただの思いこみにすぎないのだと。
　彼等はそう思いこんだ。思いこみだと、思いこんで。見て見ぬふりをして、都合の良い解釈をしたのだよ。
　儀式は続ける、生け贄は用意する、しかし生け贄は捧げられた後に死ぬという結果そのものは変更された。
　つまり生け贄は神に捧げられたながらにして生きながらえ、しかもその場に居続ける。おかしな話だよね。
　だが、文句を言う神が居ないのだから、それに異を唱えるものなど現れはしなかった。
　それよりも問題となったのは、生け贄の処遇について。捧げられたにも関わらず生きている生け贄は、
　いわば神の所有物である。それは不可侵であり、けして村の一員として認めてよいものではない。
　そんな特例を毎年毎年増やし続けるのでは、生け贄を生かした意味などなくなってしまう。
　そこで実行されたのが、生け贄の再利用。神の所有物たる生け贄を、特例として隔離し、一年の間過ごさせた後に
　再び生け贄の儀式にて神に捧げるという。なんというか、矛盾もここにきわまれりという感じだね。
　神の所有物を神に捧げる訳だからね。もはや何が何だか、村の人々にもわかっちゃいなかったんじゃないかな。
　ま、それでも構わなかったんだろう。儀式なんて、もはやポーズでしかなくて。すでに失われた命の係累が、
　完全な形骸にすることを許さなかっただけの、伝統という名の鎖でしかなかったのさ。なんとも救われない話だ。
　でもね。本当に救われなかったのは、生け贄としてつくられた命の方だね。
　この村の生け贄として、その一生を捧げるため、一つの命が生まれたのは、さていつのことだったかな。
　すでに生まれていた子どもを使うことは、新たな村中での確執を生むことになる。それなら、村の共有財産として、
　生け贄の大役を果たし続けるモノを一つ産み出そう、ということになった訳だ。生け贄は、ただのモノにすぎないから、とね。」

「それからその子どもがどうなって、その村がどこへ行き着いたのか。それをわざわざ言う必要はないだろう？
　そんなことは、我輩がわざわざ講釈を垂れなくとも、君にはわかりきった話だろうからね。
　なぜこんなことを話したのか？　いやなに、君があまりにも君らしくないことをするから、少しからかってやろうと思っただけだよ。
　さあ、早くそれを渡したまえ。何を求めてそれを手に入れたのかは知らないが、その紙切れは君がもっていてはならないものだ。
　みずからのことを記述する術を持たないからといって、他人の道具を掠め取ろうというのは感心しないね。
　だいたい、それは君の持つ役割ではないだろう？」





・道化師の独白

　さて、これは彼が持っていなくてはね。
　いつかその時が来るまでは、記録が必要だ。
　彼にとっても、我輩にとっても、それはとてもとても大切なこと。
　願わくば、飽きてやめてしまうようなことがないことを！

「ぼく」の姿が見えない。
どうやらはぐれてしまったようだ。

ずらりと並んだ鍋を眺めて、少し呆れの混じった声を漏らす。

飛び回るかみさまを指さして、そんなことを。