ENo.1058 クライカリオス・E・ユルングさんを書かせていただきました。企画参加ありがとうございます！

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　木々の間を爽やかな風が吹き抜ける。その風に合わせて枝が擦れ、木漏れ日が瞬くように揺らめく。まだ誰にも汚されていない朝の甘く清涼な空気が林の中に漂っていた。樹上でさえずる小鳥たちの歌が聞く者に安らぎを与えるかのよう。
　林の中を歩く長身痩躯の青年の姿があった。
　クライカリオス・Ｅ・ユルング——クライは、仲間たちから一旦離れ、小銃を背負って林の中を歩いているところだった。右のモミアゲだけ伸ばして三つ編みにした金髪がクライの歩みに合わせて揺れ動く。クライはおおよその外見こそ二五歳ほどの青年だが、人間でないことは大きな耳や尻尾が生えていることから見ても明らか。竜族であるクライは妹を探すために各地を転々としているのだった。
　しかし今、クライが林を歩いているのは妹を探すためではない。
　やがて木々が疎らになり、クライの視界が開けてくる。新王の住むと言う城がそびえ立つ姿がよく見える。城門へと通じる一本道の広庭。その城門に向かおうとする仲間たちの後姿もクライの目に入った。
（やれやれ……俺はなにをしているんだかな……）
　内心そうぼやきながらクライは小銃をかまえ、片膝を突き、太い木の幹に体重を預けることで照準を安定させる。衝撃に強いクルミ材でできた銃床を肩にしっかりと当て、四倍率のスコープをのぞく。クライの仲間たちの前に城門の番人が立ち塞がっていた。
　庭師ブランチマンと言うらしい。本人の弁によれば騎士団の副団長だったとか。圧政を敷く新王にたまりかね、一揆を起こした民衆だったが、ブランチマンのような障害が一揆の進行を妨げていた。
　クライは過去、重傷を負ったことがある。その時に助けてくれた老夫婦が一揆に参加したため、恩を返すべくみずからも一揆に加勢することにした。
　クライはブランチマン攻略の手立てを思い付いていた。と言っても方法は単純。
（こんな遮蔽物のない平原に突っ立ってるあんたが悪いんだぜ）
　仲間たちがブランチマンを誘い出し、クライが狙撃する。幸いにしてクライが身を隠すのに絶好の林が城門の傍にある。林から城門までの距離はおよそ二○○○歩。クライの小銃の射程内だ。すでにクライはスコープを二○○○歩の距離でゼロインしていた。あとは照準をブランチマンに合わせて引き金を絞るだけ。
　呼吸を止め、クライが狙撃に集中する。いつしかクライの耳には、小鳥たちのさえずりも木々の枝のざわめきも聞こえなくなっていた。
　大気の見通しは良好。左から微風。照準を心持左に修正。
　クライの人差し指が春雪に触れるような繊細さを見せて引き金を引き絞ってゆく。
　今まさに発砲しようとする瞬間、がさっと茂みが揺れた。
「っ！」
　クライが小銃を茂みに向けようとする。しかし長い小銃は取り回しが悪い。茂みから飛び出た男が素早い動きで小銃を蹴り飛ばした。
　小銃が地面に転がった。
　現れたのは黒い覆面をした男だった。小銃を失ったクライにいやらしく目を細める。男はクライを威嚇するように長剣を揺らす。木漏れ日を受けて、赤錆の浮いた刀身が鈍く光る。
　男は愉快でたまらないといった風情で語る。
「誰かここで狙撃するんじゃねえかと思ってたが、やっぱり来やがったな。待ってた甲斐があったぜぇ」
　クライは男の正体に思い至った。賞金首だ。彼ら賞金首は一揆参加者に紛れ込み、同じ一揆参加者を襲って金品を強奪すると言う。
（なんでこんなタイミングで来るんだ……勘弁してくれよ……）
　クライは己の不運を嘆く。ブランチマンを狙撃する絶好の好機を逃してしまった。
「あんた、自分のしていることが分かってんのか？　俺たちは一揆の最中なんだぞ？」
　とクライは男の気を逸らすために言葉を掛けた。しかしクライの尻尾は決して媚を売っていない。クライは戦う意思を失っていなかった。
　圧倒的優位に立つ男は、クライの言葉に乗ってくる。
「俺には一揆なんて関係ないね。金さえ手に入ればいいのさ。さあ間抜けな銃使いさん。大人しく金目の物を出しな」
　男は歯並びの悪い口を大きく開け、げらげら笑い始める。隙だらけだった。
——今だ。
「間抜けはあんただよ」
　クライは懐から小型拳銃を取り出し、長剣を持つ男の右腕を撃った。クライは武器を全て失ったわけではなかった。用心のために懐に忍ばせていた小型拳銃が、窮地に陥ったクライを救ってくれた。
　ぐうっ、と呻いて男は長剣を取り落とす。
　クライは小型拳銃を男に突き付ける。
「失せな」
　その言葉に、男は長剣を左手で拾って野良犬のような体で逃げ出す。その隙だらけの背中をクライは見送った。
　そして小銃を拾う。地面に落とした衝撃でスコープが破損していた。これでは狙撃できない。小銃は精密機械に等しく、ちょっとした衝撃で照準が狂ってしまう。
　城門の様子を見れば、仲間たちがブランチマンを相手に苦戦している。
　自分にできることはもうないのかもしれない、とクライは思う。それでもクライは城門へ向けて走り出した。
　恩は恩で返す。
　それがクライの信念だったから。

「ぼく」の姿が見えない。
どうやらはぐれてしまったようだ。

少し何かを考えているようだ。

キリッ