秋。今宵は満月。
満月の夜には、必ず散歩にでかける。
昼間とは打って変わって、しんと静まり返った夜道をふらふらと歩く。
ちなみにうさ吉は留守番である。雪菜はひとりで、夜の散歩を楽しむ。
しばらく歩くと小さな河原についた。
適当な場所に腰をおろす。空を見上げると、満月が淡く光っていた。

満月を見ると思い出すことがある。
否、それに限ったことではないのだけれど。
村のこととか、お祭りのこととか…家族のこととか。
村を飛び出してもう10日。
いつもなら祭りの準備で忙しい時期だけれど、今の村はそんな雰囲気ではない。
誰も彼もが下を向き、月に見放されたと嘆く。
村の様子を見た山のエンブリオ達も、どこか遠くへ行ってしまった。
そんな村を見ているのが辛くて。
こんな状態で何もしないことが耐えられなくて。
飛び出してきたのだ。後先なんて考えていなかった。
そう、何も考えていなかった。
家族と離れて生活するのが、こんなに寂しいものだとは思わなかった。

父と母、それから姉。
皆元気にしているだろうか。
父は強くて優しくて、足を悪くしてからも挫けず前を見て生きている。
母は穏やかで賢くて、色々なことを教えてくれたっけ。
姉はいじわるだけれど、なんだかんだで面倒見がいいのだ。

今日はそろそろ帰ろう。
そう思って、立ち上がった瞬間。
ふ、と。
懐かしい匂いがした。

そこにいたのは、まぎれもなく。
先ほどまで思いを馳せていたうちのひとり、姉だった。

そう言って伊織は小さな木箱を取り出す。

・・・・・・
そんなこんなで。
ちょっとだけホームシックになっていた雪菜だったが
久しぶりに姉と会話することができたのだった。

そうして伊織は自分のエンブリオである大きなうさぎに乗って帰っていった。

誰よりも強い人で。
兄のように慕っていた人で。
数年前に村を出て行ったきり、一度も帰ってこない人。

なんて、目でウサギをしげしげと見つつ言った。

不審な含み笑い。
手渡したと同時に、今度は花束が花弁の一瞬で勢いよく燃え上がり、そして消える。ふわりと地面に木の葉が落ちる。

そのハンマーの様なものだけでは出来ないのだろうか、と内心で首を傾げる。

実に楽しそうに話されますね、と緩やかに微笑みつつ頷いた。