ラズロを倒したアイヴォリーたち二人は、地下牢を出ると中庭へと戻ってきた。死者を操るラズロにはある程度の警戒もしていたのだが、先日の双子たち一行に装備を新調してもらった二人にとってはそれも杞憂でしかない程度のことだった。

「ヤレヤレ、今日はハズレか。」

　小さく溜め息をついてアイヴォリーが言う。当面の目標を達成した彼らは新たなエンブリオと契約するために中庭へと戻ってきたのだが、残念ながら今日は遭遇出来なかったらしい。エンブリオはその特性上出現するタイミングが限られているために、契約出来るかどうかは探索者の運にかかっている。もしくは、この前彼らがユキアネサのためにそうしたように、目立つ行動をとって強引に遭遇する数を増やし、少しでも確率を上乗せするかだ。もっとも、それでも確率が上がるだけであって結局最終的なところは探索者の運次第であることに代わりはないのだが。

「そうね……明日は少し頑張ってみましょうか？」

「オイオイ、ソレで殴られんのはオレなんだケドな……。」

　メイリーの呟きにアイヴォリーが苦笑交じりで答えた。エンブリオは日が経つにつれて次第に強いものへと移り変わっていくことがこれまでの経験から知られている。弱いものは姿を消し、一度に大量に遭遇しなければ出てくることがなかったような強力なものも普通に現れるようになる。彼らが今狙っているエンブリオはもう通常の遭遇でも現れるような状態だ。それはつまり、近い内にそのエンブリオが姿を消すだろうということを意味していた。

「はいはい、アイのためのエンブリオなんだから仕方がないでしょ？」

　今回彼らが狙っているエンブリオは敏捷性と器用さをその特長としている。それはつまり、アイヴォリーの必要とする類のもので、今回のエンブリオ狙いはアイヴォリーのためのものなのだった。

「ヤレヤレ、まァ昨日の様子ならイケるとは思うケドよ。」

　エンブリオが現れる日数や遭遇数の範囲にはある程度の幅がある。もうすぐ消えてしまうとはいえ、まだ少し遭遇数を増やしてもそのエンブリオと出会う可能性はありそうだった。それゆえに、メイリーは多少遭遇数に上乗せすることで少しでもその確率を上げようと提案しているのだった。だが、それは当然敵の数が増えるということで、不利な戦いを強いられる。前回の双子たちの集団のように、ある程度自信がなければ採ることが出来ない選択肢なのだ。

「おゥ、そういやメイリー。忘れねェウチに渡しとくぜ。」

　何かを思い出したようにして、アイヴォリーは自分のケープの中へと手を突っ込むと無造作に小さな箱を取り出した。乾かした草の蔓で作られた簡素な紐がかけられている。手のひらに乗る程度の小さなその箱は、それでもこの限られた状況の中で精一杯良くしようとした様子が垣間見えるような、そんなものだった。

「あら、何かしら？」

「今年はユックリ花見もデキねェケドな、まァ明日クァールに会えたら倒してからユックリ中を見るとイイさね。」

　視線を逸らし、明後日の方向を見ながら革の手袋のままで器用に頬を掻くアイヴォリー。その様子を見て得心したように、メイリーは小さく笑みを浮かべると頷く。

「そうね、明日うまく会えたらその後でゆっくりお茶にしましょ？」

　相方からの小さな贈り物をそっと荷物の一番上に大切にしまい込むと、メイリーはもう一度優しく微笑んだのだった。