『王命と隷姫』
　
　トキサメは結果として、死ななかった。十分である。それが、何よりほっとした。
　少し後ろを振り返る。大きな銃台で時折誰かに激突しかかる少女。砂に足をとられている案山子さん。曰く侵略を試みに来た、我々の後の敵になるであろう、軍属魔法使い。間違いない、このパーティーは、途方もなく強く、どうしようもなく、弱者だ。まず、攻城戦では負け知らず、どころか落伍者すら出ていない。これは強いといっていいだろう。ところが、練習試合では勝ってない。残念ながら、弱い。
　この弱いパーティーで異邦人がＰＫと呼ぶ強盗や殺人を主な生業とするものに遇ったら。当然死ぬ。相手が三人でも、二人でも、大怪我は免れない。一人なら、反撃の糸口を握らせないまま逆に殺せそうだが。ではここまで弱くしているのは誰か。
「うん、このパーティーが弱いのは質だね。うん」
「ロギ様、一ついいかしら。あなた確か、戦術屋だった、わよね……？」
「誰がそんなこと言ったっけ」
「それ同族じゃなかったら処刑ものよ？」
「あ、スプラッタは勘弁したいね」
「残念だわ。同族だったなんて。運命ね。私に許されてしまうディステニィー」
「そうだね、フェイトだね」
　ハズサ様がウィンクして、左手の人差し指を持ち上げ、手首を捻り、ゆっくりと下がった指先で虚空をなぞった。確か、戦闘妖精の手信号では「日没後すぐに招集、隠密で」という意味だったはずだ。ロギはハズサ様に頷き返した。ハズサ様ににっこり微笑んで、笑顔を顔に張り付けたまま半目に開けた。眼が白いので、ハズサ様の異名が色をとったものだったはずだ。そういう噂話はさほど好きではないので、どうでもいいよかった。
「そろそろ夕暮れかしらね」
「地下通路、行くべきかな。どう思う、スズメドラゴン」
「もう少し地下通路に関しての情報を集めてからチュン」
「君にしては上出来な意見だ」
「だむー」
「その鳴き声は初見だね」
　日が、沈んだ。ハズサ様の顔が、星明りだけでうっすら見える。
「参ったな、新月か」
「不吉とみるかしら？」
「貴重なものは、不吉ではないよ」
「感謝しているのね」
「うん」
　スズメドラゴンがこちらに近づいてくるのを、ハズサ様が切っ先で制した。
「チェッン。野営の準備を手伝うのではないチュン？火種だけ渡したからそれで手伝ったことになるチュンか？」
「なるわ！！なりますとも！！！ねえロギ様！？」
「な、なるんじゃないかな……」
「そう言ってるわっ、私だけじゃなく、ロギ様がよ！？」
「パニくってるチュン。いつも頭が沸点低いけど、冗談でヒステリックを演じてる妖精が、なぜ……」
「行きましょロギ様」
　ハズサ様に近くの木陰へ案内された。
「寒い」
「ウーンズ」
「それ私の技だって...」
「ジョークよ、レッドショック」
「あ、少し暖かい。いやチョット本当は暑すぎるけど」
「気にしないで。ああ、美麗で整った顔もよく見えるわ」
　ため息とともに告げられるが、そのため息はかなり気を揉んでいるように聞こえた。
「こんな闇夜じゃどんな悪事も露見しないわ」
「それって、なに」
　すっとぼけた訳ではなかった。何か、忘れている。幸せすぎて、何か忘れていた。
「私達が剣王姫になれなければ」
「なるんだろっ」
　少し息を荒げた。
「たとえ……だからね？
　剣王姫になれなかったら、私たちは顕職にある者と新たに契約することになる
　新体制でいう、前線の将校の武器であったり、新王側近の重職の手足となったりするのよ」
「うん」
　なんとなく、勘付いてしまった。だが、それは。
「許し、えない」
「無理ね。なら、戦って示すしかないか……」
　ハズサ様が、言っては悪いが普段から熟慮をしないハズサ様が長考している。瞑目するのを、二時間ほど眺めた。
「この気配は」
　空を見る。東。強烈な存在感。
「敵、ではないわ。味方よ、越えるべきね」
　それは、エンブリオ、特に妖精族なら遠方にいても知覚しうる、重みであった。血の匂いであり、怨嗟を静めて、その上にプライドの城を建築していたのであろう。王と呼ぶべき威圧。
　その方角を眺めていると、ようやく光源が見えた。
「カネである」
「妖精剣王姫、カネ様」
「妖精剣王姫。カネ様ッ」
「もういうべきことは一つだ。そなたたちは我が臣下として凄まじい戦果をあげている
　妖精族でも、ここまでの戦果はなかなかなかった。外来の者なら、そなたたちより遥かに武名の鳴る者も居る。つまり、その程度の強さと心得ている」
「わざわざお越しいただいた理由が、分かりません」
「分からぬか。今ので、説明が終わった気になっていた
　一揆ののちに重職を握る者はこちらで選定する。ゆえに、手早く今の契約主と縁を切れ。いや、温いか。弑せ」
「な」
「できません。私はここにいるロギ様と一つ約束をしました」
「どの程度の、約束だ。妖精族の運営よりも、重いか」
「あるいは、命と等価です」
「であるか……ふむ」
「私は妖精剣王姫に、なります」
　肌が、寒い。カネ様の接近に気付いたときから、レッドショックの炎が消え、木陰の地面も再び冷え込んでいる。
　だが、この寒さは、おぞましい命令を受けていることに感じる薄ら寒さだ、と思えてきた。
「甘い、愚か、愚妹よ。愚妹。聞け」
「友を殺さぬという話であれば、聞き入れます」
「お前は、妖精以外の者を友達にするのか。それも、また莫迦だよ」
「いいのです。それがロギ様の悪いところで、私にも不可解なのですが
　それでも、ロギ様の全てを守ってやりたい私の思いは、変わりません」
「莫迦が二人か。妖精女王の命であっても、契約主を殺さぬのかな？」
　試すような口ぶり。そして、剣王姫の大剣であれば、一人ずつ、確実に仕留められてしまう。それは、絶対にそうだといえた。
「妖精剣王姫になるのであれば、話は別です」
「うむ。妖精剣王姫は、妖精女王に仕える唯一の大剣」
「……したがって契約者の生死には関係なく、契約は切られなければならず、次の契約者のために殺す必要もありませんっ」
「筋は通っている」
　カネ様が右手を引き、切っ先に左手を添え、双眸をロギとハズサに向けて、大剣を構えた。
「その、妖精剣王姫と呼ばれる由来は知っているか？」
「戦闘妖精族、最強である、ことです」
「このカネに匹敵する実力になれるとほざくか？」
「はい」
「はい」
「あまりに、愚かだ。目をかけていただけに、悔しさすらある。だがそれが覚悟なら、命を持って答えよ」
「必ずや」
「……10日目の夜だ。私はもう一度、ここに来る。妖精剣王姫というものが、今のお前たちとどれだけかけ離れているか、理解してもらう」
　生唾を、ハズサ様が飲んでいた。気づかないうちに、ロギも飲んでいた。
「理解できたなら、それでよし」
　朝焼けの中に、妖精女王は翔けていく。多分、今の時期はとても多忙なのだ。

——ざんぎゃくなようせいたち——