『緩衝地帯の隷姫』
　冷たい風が夜は吹き荒ぶ。ちえりやパリルドは人間だから、少しこの寒さに苦労するだろうと、ロギが考えていたところ

「ううっ、凍え死ぬチュン」

　スズメ、なら死ぬかもしれないが……ドラゴンだからなあ。放っておこう。どうしても寒いならハズサ様に少し熱気のある魔法を使ってもらえばいい。

「焼き鳥の話かしら？」
「うわ。読心術みたいだな」

　レッドショックでスズメドラゴンを焼く絵を想像して、少し楽しそうなどと考えていると、ハズサ様は言い当てた。

「何も言ってないのに……」
「寝食を何度も共にしているんだもの。なんとなく、考えていることは、解るわ」
「そう、じゃあもう一つ考えていることは」
「そうね。《妖精剣王姫》、のことかしらね？」

　妖精剣王姫は、《妖精女王》と同格と知られ、武芸に長けており、なおかつ影響力が測り知れない戦闘妖精の極みにいる者に与えられる称号だ。所領や家臣を持つところは妖精隷姫と変わりがない。現在妖精剣王姫は5名おり、ロギ、そしてハズサ様も《妖精剣王姫》の称号を持つカネ様に臣従している。

　妖精女王は全ての戦闘妖精を束ねるのだから、外交や種族全体の資源資産の運用なども行う。そのため、誰かを家臣に持つということはない。ただし、戦闘妖精なら必ず妖精女王の命令には従う。そうしなければ、妖精剣王姫に一対一で殺されて文句は言えない。妖精女王がいなければ妖精の里の経営ができないことは、誰もが解っている。いや、解らないものは淘汰され続けているのだ。

「《妖精剣王姫》になるのが、私達二人のささやかな夢だ。別に強くなるには一揆だの王政を守れだのという戦いに参加する必要はない。独力で鍛えれば済む
　そうはいかないのが」
「所領ね。所領の大きさが身の丈にあってない妖精は里を追い出される、だったわね」
「うん、それはさすがに覚え間違えてたら半殺しで怒られるよ」
「この一揆で私達が、当初想定していたよりも大きな手柄を立ててしまっていることが問題なのかしらね、つまり」
「手柄に見合うだけの武力を私達が身につけないといけなくなってきている。こんなことならその辺の農夫と契約しておけばよかったかもしれない。一揆が終わって里を追い出されても、食うに困らないし」
「一つ勘違いしてるわ。あなたは『追放』から逃げるのではなくて、『追放』に背を押されて、私達二人は妖精剣王姫になるのよ」
「……うん、ありがと」

　焚き火を眺めていると少し眠くなってきた。ハズサ様が薪をつぎ足して、「レッドショック」と呟いていた。そしてロギは、いつの間にか寝てしまっていた。

翌日。
「トキサメっていう暗殺者に出くわしたけど、何か憎めないね」
「適当に煮て、適当に燃やして、適当にぶん殴れば倒れるんじゃないかしら」
「……合法だからね。今治安も何もないし」
「治安はあるわ。体制と一揆の間の抗争間では何の犯罪も許容されうるのよ」
「でも何か顔ありNPCって死なないイメージが」
「ま、まあやっつけてから考えればいいんじゃないかしら」
「あとこの娘ちょっと勘違いの上、ヘボそうだから殺すのが少し可哀相だ」
「ロギ様、殺せるなら殺すのがベターよ？」
「うーん……」
「ロギ、様……。手柄が欲しい？死にたい？負けたいの？名誉も何もない暗殺で戦士の生涯を閉じるのかしら？馬の骨に念仏を唱えないといけないのかしら」
「……」
「我は、自衛のために殺めねばならぬことは、いかなる女子供に対してもせねばならぬように思う」
「……闇に生きる者に、情けをかけてもらうつもり？それとも闇の生き物ですら女子供に見えるのかしら？そんな教えでもあるのかしら？」
「ああっ、もう！質問攻めはいい加減にしてくれ。殺したくないけど、殺される前に殺す！それが私で、私はそんな自分を微塵も悪いなんて思ってないんだからな！」
「善い思い切りだわっ」
「さあ、戦闘開始だ」

——ぼーだーしもべひめ——

>>カカシ

種族の威を借る新米猫又。

猫、今度こそよろよろ立ち上がると、
片前足を前方へ突出し、もう片方は顔の横で手を広げ、腰で上半身をねじるように立ポーズを決め…ヨロヨロヨロ…き…ヨロロ…立ポーズをっき、決めたああ！！

よーぉお、ぽん。
歌舞伎の見栄を切るポーズ（のつもり）である。

ひっそりと色々諦めたほうが良さげだと思いつつ。
続く問いに、軽く小首を傾げて答える青年。

どうにも納得されそうにない気配を感じ取り更に追加する青年。

その後、延々と何やらあれやこれや例を挙げつつ語ってはいたそうだが、その内容がスズメドラゴンの脳みそのキャパシティ的に理解できたのか否かは……さてはて。

そう言うと目を閉じ、早口に異国の歌のような言葉を唱え始め。

ふわ、と風が彼女の周りにまとわりついた。
大鍋が彼女の前に歩み出た。

どんな目的であろうと、意地があるのです。女の子には！