夏の海辺は色々とあるもんだ。
そう、そりゃもう色々とな……嗚呼、色々と……。


…。……。………。


思い起こすと何だか頭痛がしてきたのは何でだろうな。
理由はわかっちゃいたが、コレ以上考えたくなくて俺は考えることを止めた。


とりあえず記録はまた後日にしようぜ……俺………。




【先日、昼過ぎ頃】


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　正直に言おう
　その瞬間、俺は今ひとつ何が起きたのか理解できていなかった。



　それはまだ海辺に到着したばかりの頃。
　星屑の小川からすると幾分距離のある場所にある海辺への移動は、俺が竜型になってミクネとアルコルとステフを背に乗せて空を飛ぶことで行われた。思ったよりも距離があったのと久々の長距離飛行だ。一揆直前まで翼の療養も兼ねて全然飛んでなかったのもあって、妙に肩が凝ったというか疲れがたまったというか……。
　つまり疲労感に少々バテ気味だった俺は、到着した時のまんまの竜型で海辺近くの防風林（潮風を防ぐために人工的に作られた林まであるとか、どんだけだ）の木陰で軽く睡眠を取る事にした訳だ。

　人型と竜型でいえばどちらが楽かといえば、勿論俺は竜型だと断言するね。
　ま、そりゃあ俺は生まれた時から今まで変わること無く『次元竜』って竜の出であって、人が竜に化けてるんじゃない。本来は竜の姿をしているのを無理やり人の型に縮めてやってる訳だからな。疲れた時は原型に戻ってのんびりするのが一番楽なのは当然といえば当然だろう。


　そんな訳でのんびりと竜の姿で俺は寛いでいたのさ。
　何時もならもっと緊張感を持って休むもんだが、今はオフもオフ。地面にごろりと横になって身体を首の先から尻尾のさきっちょまで伸ばしきってやれば、日陰の涼しさと海辺独特の潮の香りもあってそりゃあ心地良い気分になっちまう。
　だからうとうとしてて気づかなかったんだよな。俺の尻尾が防風林の中でも開けた場所…ちょっとした道みたいになってるトコまで、伸びをした拍子にはみ出ちまったことに。



　そして悲劇は起きた。
　俺の預かり知らない場所で、ある意味俺が原因で。



　広い道を選んで走っていたトラック（何で居るんだトラックが…いや、車が走ってる世界はチラホラ覗いたコトはあるんでその乗り物は知ってたんだが、しかしメルンテーゼにもこんなの走ってるとか予想外にもホドがあるぜ…）がついうっかりはみ出た尻尾を轢きかけて急ブレーキをかけた。
　通常ならそれでも止まりきらないだろうに、何とこのトラック、AI搭載ときた。その優秀なAIによる強引な干渉もあって見事に急停止は成功した。俺の尻尾にはお陰で傷ひとつ、タイヤ痕一つついちゃいない。

　もっとも、それはひとつの代償と引き換えにしての事だったんだが。

　俺の視線の先には、見事に慣性の法則にしたがって車体の外に放り出された男の姿があった。まるで今まさに轢き潰されたカエルの死骸みたいに見事に伸びてる訳だが、とりあえず息はある様子である事にほっとひとつ息をつく。
　いやはや、さすがに間接的とはいえ敵でもない相手を死なせるのは目覚めが悪いしな……とはいえ、ダメージは結構受けてる様子なので一応回復系の技が使えるエンブリオに治療を頼んでおいたが。

　俺の直ぐ側には黒い髪の女の子が控えて、俺と同じようにその潰れてる男を見ている。彼女はベル。そこで倒れてる男——トート、という青年と契約しているエンブリオらしい。いろんな形のがいるものだとは聞いてたが、人型のエンブリオも居るんだな。俺のトコはどうも生物チックなのが多いので、最初はエンブリオとは気付かなかったんだが。
　彼女は俺に対し怪我はないかと心配して様子を見に来てくれていたのだが、正直俺より彼女の主人のほうが多分ダメージはデカイんじゃなかろうか。というか、言われた当初は俺もブレーキ音に驚いて飛び起きたばかりで状況がさっぱりだったんだけどな。説明してもらってようやっと今では理解しているけれど。

　今は謝ることしか出来そうに無い。
　というか、もっと主人のほう心配してやってくれ……何か申し訳ないから。ガチで。



【夜】


　夏の太陽は暮れるのが遅いものだが、それにしたって時刻的に夜にもなれば遠慮無く酒をかっくらう輩というものはドコの世界にだって居るものだ。明るいうちはさすがにちょっと…という良識ある大人も、明るかろうが何だろうが飲める時に飲む…というワイルド気質な大人も、この浜辺には溢れるほどに居る様子。

　という訳で、俺はこの『Summer Vacation』の会場で忙しく動きまわっていた。


　その格好はというと、水兵服を模した水着とウェストエプロンというもので……つまりはちょっとした給仕っぽいスタイルだ。両手には料理の乗った皿やら酒の瓶やらを載せた銀の盆、尻尾にもワインを突っ込んだ氷入りのバケツなんてぶら下げつつ客で溢れる座席の合間を縫うようにして歩きまわっている。
　何でこんなことをしてるのかっていうと、答えは簡単。我らがパーティー一番の行動派のミクネに誘われて、『アフタヌーンパレード』ってのに参加してるから何だけどな。

　一体何をする催しなのかというと、こうして海辺に休みに来てる奴らに声をかけて酒を振る舞ったり料理を振る舞ったりするちょっと大規模なお食事処を展開する……みたいなものらしい。物好きにも酒を提供してくれたり魚料理やらを作ってくれる奴等が、出店を構えるみたいに浜辺で始めたことらしい。
　それを見かけた俺としては、是非料理を食べたり酒を飲んだりする方に混じりたかったんだがね……。

　…というそりゃあもうわかりやすい反応を示してくれた後、腕引っ掴まれて手伝い募集中の看板の所に引きずっていかれるんだから洒落にならん。というかあの腕力はなんなんだ……俺、一応男なのに抵抗する暇も与えず引っ張ってかれたぞ……！？　幾ら元は引きこもり気味だったとはいえそれでもこれは…何てのか……地味に悔しい。


　何にせよ、こういう経緯で俺は問答無用で給仕役をやる羽目になった訳だ。
　……まあ、嫌って程じゃないがさ実際は。それなりに楽しいぜ？　こういう世話を焼く仕事ってのは。何か兄弟姉妹の面倒見てた頃を思い出すっつーか……俺んトコは多いからな。晩飯の準備とか手伝いつつ、わいのわいの言う奴等を宥めながら皿配って回ったり飲み物用意したりとかして回ったもんさ。旅の空にある今となっては懐かしいもんだが。


　折角やるなら何だって本気でやるのが俺の性分。
　最初は渋々での参加だったにせよ、こうして仕事に入ったからにはガチで行くぜ？　手抜きなんぞするのはポリシーに反するんでね。本職の奴等にはどうやったって負けるにせよ、それなりに動ける自信はあるんでね。

　ってな訳で、頑張って客をさばいていくとするか。
　……やれやれ。

ひっそりと自分の中でそんな事を決めたそうな。

　肩を落とす姿を見て、トカゲも何かを思ったのだろう。同意するようにため息をつく。

　そうして。自ら問うたトカゲか竜か、という質問の答えに。

　真紅の角をつまんで見せる姿に、彼が竜である事への確信を強め少々口調を改める。

口の中に飛び込んだはいいものの、反動で弾き返され、
勢いのままに地面に叩きつけられたにんじんはぐったり気を失ってしまった。

倒れる青年とにんじん。
声にならない声をあげて、みぞおちを押さえたトリーが立ち上がる。

ノックダウン状態の青年をがんがん揺する。気分が悪い時に揺すられたらどうなるかは簡単である。

起き上がらない青年に口を尖らせて、トリーはくるりと向きを変える。がしっと倒れたにんじんを掴む。

ひとしきり文句を言って満足したのか、怒り顔から一転、トリーは笑顔だ。
そして、人を起こすとき急に揺するのはやめるよう言われたことを思い出して、

できる限りやさしく声をかけてみた。