————どうせ　、また失敗するに、決まってるのに。
……たくさん、転んできたくせに。たくさん、やり直してきたはずだのに。
もう二度と、誤らないように——

「……し」

してきた、のに。
一度は手離したはずの《失敗》を、もう一度、手に取ろうだなんて。
——なんて、憐れ。哀れ。あわれ。

あわれな《私》を黙って見ていられるほど強くなんてない。
……失敗と、やり直し。二つの不安がジレンマの爪になって、徒に心を掻き毟る。

耐えきれず、住処を飛び出した、夏の夜。たおやかな体は温い藍色の風に染まる。沈む。
だって、どうせ、失敗するもの。今までも失敗してきたもの。ああやって何度も何度も失敗してきたもの。
だから、どうせ、どうせ——

——もういちど——もう二度とと——

「……次は、もう、……なんて、いうの」

脳裏に過ぎった聲に、小さく問い掛けた。　三度目の《私》は、四度目にはなんていうのかしら。

「……ばかみたい」

俯いた先の泉の水面を見る勇気なんてなかった。だって、きっと、水鏡に映った自分は酷い貌をしている。

———あぁ。

安堵出来る日なんて、本当にくるの？

……どうせ、こないに、決まってる。そんな日が来たって恐いだけだから。

ふるりと真横に揺れる頭。くたりと再び項垂れさせて、染まらない、ましろの姿は滸にへたり込む。　
あぁ、鳥が、夜明けを囀る。もうすぐ朝が来る。

ずっと夜のままならいいのに。







「ふざけ　ないで……！」

狭められた気道から、彼女は無理やり息を吐き出して叫んでいた。

「私を生かす……ことになっても……私自身がどうなるか……契約を破棄されたら、私は私足りえなく、なる……！
　ならせめて……毒を齎す桃花に……侵され……て」

甘言にあまえれば、その先から自身に手を掛けられかねない。此処で『死ぬ』のは容易だが、ただで死ぬわけにはいかない。

開いた口から言葉。紡いだ直後の唾液がほとほとと地面に——ぶち撒いた植物に——落ちる。
名ばかりは立派で開かせる花は薔薇よりもずっと地味なモノだが、蒔かれた植物は美しく事故主張をする。
与えるのは毒。すべての部位に毒を持ち、煮ても焼いても土に反しても毒をもたらす夾竹桃。

「聞き訳のない。貴様は弱小の種だのに。誰かと共に居なければ生きて行けまい」　

くつりと嘲笑を浮かべるものの両の手に首を握った状態。液体が滴る植物は見る見るうちに根を伸ばして、花を咲かせる。全草に毒を持つ草花が開いて襲い掛かる。
毒が相手では怯えざるを得ない。

「……ッ、ハッ」

草の上に、咄嗟に投げ捨てられた。ご、っと頭から打ちつけた所為で一瞬思考が止まる。植物の使役は停止し、突き穿とうと伸ばした茎はすんでの所でとまってしまう。
攻撃するより、彼女は生命を選ぶ。先に生理的現象により大きく息を吸い込み胸をふくらませて手を付いた。

「かひゅ………、…私の、術、も…捨てたモノではないですよ　ね」
「……」

緑色のささめく草畳に転がる彼女を見下ろし、衣の合間に手を入れる。心地良い筈の下駄の音は死を誘う処刑台が、こちらから近づいてくるようにも聞こえて。
大神は微かに俯く。くつくつと肩を揺らし、忍び笑う音が奥より漏れた。苦笑の声音。そうして顔を上げて。
うすら明かりの下で光る、黒々とした眼を向ける。それまで無機質にむけていた目穴に、闇色を灯して、言葉を紡げば鼓膜が揺れる。
早鐘のようになる心臓に比例するように危険と判断している内は……大神を睨んで警戒するに至る。それでも、足を踏み入れた相手に進んで顔を向けたのは、決して逃げない意思を向けるように。

「——及第点としよう」

耄碌とした眼を抑える爺のように、眉間に指を当てた。紡がれた言葉はそれのみ。
歩み寄ってくる相手を拒みはせずに、睨みもせず、ただただきょとりと見上げる。
水を見つけようと飲みやしない手鞠片檜葉のように、言葉を浴びせられても享受することをしない。
ボロボロになったシャツワンピの隙間から、嘗て胸元に焼き付けられた四本指の爪痕が伺えた。

「心せよ。御前は個人で動こうとする。背負い込みたくないのだろう、他者に。すべてを救おうと思うのだろう。
　《リリス》はもはや御前の一部だ。だが結局それに頼り切りになっているに過ぎない。御前はだから強く、故に弱い」

首を振り仰がせて、音域はどこまでも柔くも痛烈な言葉に眉根をひそめる。

「御前は答えを捻じ曲げないだろう。今更、警告しようと無駄だろう……せめて、好きに動いているがいい」

ならばもう執着する事に意味はない。大神は肩を竦め、踵を返す。
あの時と同じ。夢のように覚めし頃。明るみを帯びた空は黎明を帯びる。
暗に、それは認めたという言葉ではないか。

「あるじ……あるじっ！　あなたは何故……」

その背に問いかける。もしやイオンの言った通り、その通りなのだろうか。
自分を試すために命を秤にかけて、今代を見定める為、か。
——娘子に声を掛ける事はしない。向けた背は返る事はなかった。
ただ、倒れ込みながらも覗きこめた口許は、どこか笑っていた、ような気がした。


気づけば、白む朝がやってきていよう。
——陽の光を背に受ければ、黄金が彼女を、恩典が祝福してきたような、気がした。

かっこいいという言葉を聞いて嬉しそうにしている。

そうしたら守れたのに、なんて笑いながら。
少しだけ見栄を張って。

内容を言いたそうながら口を抑えて自主規制。

こっちもほっと一息

ホントにハチミツ欲しいだけなんだけどね。と付け足して。

　その世界に住む者にとってそれは確かに幸福なのであろうが。危機に直面した時の脆さが気がかりでもある。

　今度捕獲を試みるか。新たな関心事を発見したらしく、腕を組みを思案を開始する。

　戦士の氏族の中では、勉強好きというのは如何せん軽く見られがちであった。

その手段の多くは膨大な魔力を惜しげなく使う"力づく"ではあるが。

どこか楽しそうに、フィーグルは語った。

漏らされた吐息に、嘲りでない笑みの色。

掌の希望を軽く揺らして、偽に掲げる。

　と、よく知る彼の名前を言って、黒髪黒目だとか、大剣を持ってるだとか、挙げ得る限りの特徴を挙げた。
　いや、150kn/h出してる人が彼以外に居ても困るけど。かなり。

　でも、流石に驚きの方が勝ったらしくて。ぽかんとしていた。

　もう、彼女の表情は晴れやかなものとなっていたし。
　だから小さく笑って、そう言った。

そう言うと、ちょっとだけ嬉しそうに笑う。

『ギ』と呼びにくいのか、ほんの少しだけ語尾を伸ばして名前を呼んでいる。
少し、全身をしげしげと眺めた後、ハッとして急いで視線を戻す。

浮遊したまま猫を見下ろす。

いただきます、です。