夜もふけた頃。
バッドボーイを洗い終え、メシを済ませて一服していた時、頭のなかにいつかのように声が響いた。

護符に仕込んだ術式によって、こちらの動きは筒抜けのようだ。

現在住処としているタンポポ荘は、管理人であるポポロの本体である。
タンポポの神だと言う管理人の桁違いの力によって、空は飛ぶわ、大きくなるわ、水や電気まで使えるわ、およそ常識では考えられないシロモノだ。
だがその力は有限であり、使いすぎれば枯渇してしまう……これは、ついこの間管理人が倒れて初めて知ったことだ。

あの事件以降、管理人の負担を減らすために、タンポポ荘の外にアカメを待機させるようにしている。
ニスイの影と同化しているエンブリオ、アカメは、ニスイの意思に関係なく触れたモノの力を吸う能力を持っているためだ。
タンポポ荘は空を飛んでいる。
一揆衆の根城であっても、王城の兵どもには手出しができないため、一時的にエンブリオと離れることになっても危険は少ない。
そして、アカメはタンポポ荘の影の中に潜ませている。
影を隠すなら影、というわけだ。

地上に降りるなり、二頭のエンブリオを放ち捜索にあてる。
つい数時間前に通ったなら、こいつらにとって追跡は朝飯前だ。
夜の闇など全く意に介さず走り出し、あっという間に姿が見えなくなった。

これで視界は確保できたが、いまは主力エンブリオを殆ど欠いた状態だ。

夜襲を受けるのはマズい。
タンポポ荘から離れすぎないよう、周囲を探索するに留める。

辺りは静かだ。
おそらく真上のタンポポ荘では、今夜も何かしら事件や騒ぎが起きているだろう。
だがそれも、地上に居れば届かない。
耳鳴りにも似た虫の音がする以外は、何も聞こえない。



探索を開始して10分ほど経った頃に、何かが蠢いたような気配を感じた。

闇の中に浮かぶ2つの光。獣の目だ。
こちらに近づいてくるでもなく、遠巻きに見つめている。
明かり役に指示を出し照らし出せば、そこに佇むブッダファックの姿を捉えることができた。
ブッダファックは既に解約したからか、こちらに話しかけるわけでもなく、背を向けて夜の闇へと消えていった。

安心したせいか、どっと疲れた。

安心したせいか、元々頭が悪かったせいか。
結局その日は気付かなかった。

ニオイを追った二頭とは真逆の方向でブッダファックを見つけたことを。
そして、見つけた場所は……アカメが潜んでいる、タンポポ荘の影がかかった所であったということを。

ニスイが持ってきた盃を受け取る。
「二人の再会とか」というファジーな表現に、「ああ、やっぱ飲みに来ただけなんだなと」社長は思った。

ニスイが彼女のことをそう呼ぶのを疑問に思ったことはあるが、興味は持たなかった。
「まぁフィーリングでそう呼んでるんだろう」的な認識だった。

と尋ね、社長は一口酒をちびりと飲んだ。

「変わらないな……」と、小さく社長は呟いた

もう一人の自分を見るような感覚とはこういうことなのだろう。

それよりも社長が意外に思ったのは、そのもう一人の自分が、あまりガッツイていなかったということだ。

良き環境に恵まれたのだろうか。いや、そうなのだろう。
だからこそ、そこから一気にドン底に突き落とされたのだと、容易に推測することができる。
……だとすれば、その世界の自分は、ある日を堺に急に姿を消したはずだ。

今の自分も、タンポポ荘での一件がなかったらそのようになっていたのだろうか。

社長はニスイに促され、盃の酒を全て飲み干し、

「ま、焦ることないわな」と自分に言い聞かせる。
本日の攻城戦は終わっている。なら、本日中に自分が打てる手はこれ以上ない。

ニスイにムリヤリ付き合わされた飲みだったが、やるべきこと終えた後に飲む酒は、悪いものではないなと社長は思いはじめていた。

打ち合わせ場所として使っているちょっとしたスペース。そこでそんな会話が以前チラッとあった。
当時の社長は、自分の状況を正しく認識できなかったため、何も答えずに去っていったのだが。

また、ちびりと酒を飲んだ。