放牧が終わるまでの間、ラトはのんびりと「風鳴りの丘」を散策しつつ、辺りの羊と交流を深める事にした。
　日が昇るか昇らないかの際、空は紫から茜色へと変わりつつあり、ゆっくりと陽が顔を出して来る時間である。気温は大分寒い——おそらく氷点下であると思われるが、この外装ではあまり暑さ寒さを辛いと感じないため、冷たくて気持ちが良い、という位の感覚をラトは得ていた。
　
『メェ、メ？（普段から、このくらいの時間に放牧に出られるのですか？）』
『めーぇ（そうですよー。なんでも、あんまり他の人たちに見られたくないみたいでして。ほら、あっち。）』


　好奇心から訊ねてみたラトに、羊たちは先導する羊飼いの方を向いてその理由を伝える。
　見た瞬間に、なるほど、とラトは思った。


　先程まで先導していた老羊飼いとその孫は、どちらも立派な狼の姿になっていたのだ。
　一際立派な灰狼と、それについて行く焦茶色の狼が、熟練の牧羊犬のような手業で羊たちを導いていく様子が、はっきりとラトには見える。
　確かにこれは素晴らしい羊飼いの技であった。

『めーぇめぇ（あちらの格好の方が僕たちを先導するのはやりやすいらしいですよ。）』
『メェ（ほほう。確かに、素晴らしい動きですね。）』
『めええ（ただ、やっぱりオオカミだって分かると他の人たちは怖いらしいですからね。）』

　羊たちの話に、ラトはやや残念な顔を浮かべる。
　まあ、グレイも言っていた事なので驚きは無いが、人狼である事で、彼らがやはり窮屈な生を送っているのか、と思って。

『メェメ（やはり、この辺りでも人狼は怖がられるのですね。）』


　しかし、その言葉に何頭かの羊が首を振って見せた。

『めぇーえ（あ、でもじぃじさんのコトは、もう他のヒツジ飼いの人たちで分かってる人多いってきいたよー。でもすごいヒツジ飼いさんだから良いんだって、他のヒツジさんと話してた時に訊いたの）』
『めぇめぇ（僕も聞いた。僕のは村のヤギさんとかだけど。リッパなヒトだから、そのあたりはミンナで秘密にしようって話してたよーって。）』
『めぇめめぇ（僕が訊いたのはギョウショウニンのおじさんのウマさんだなあ。色々教えてくれるのでソンケイしてるって。じぃじさんにはナイショにしてほしいって言われているから、ラトさんも喋っちゃダメだよー）』

　ねー、とまた声を合わせる羊たちであった。
　
　ラトはふむ、と一つ頷く。
　これならばグレイの方には問題はなさそうと感じ、同時に永き時を生きる老羊飼いに対する尊敬の念を抱いた。
　隠れ潜んで住んでいた、と老狼は言っていたが、きっちりと他の村人や羊飼いを助け、導いていた事を知って。


　——と、その時辺りに響き渡るような大きな声が、羊達の群れの先頭から聞こえてきた。

「え、ちょ、ちょっと待ってよじぃじ！
　どういうこと、訳が分からないよ！？」


　どうやらグレイがリュコに話をしたらしい。見ると二人とも既に人の姿を取っていた。少女は慌てふためいた様子で老羊飼いに詰め寄り、其れに対し何事かを老人が応える。

「だから何で！？
　逃げた羊の数、分かってんの！？　ここにいる数なんて、目じゃないくらい一杯逃げたんだよ！
　私一人で連れ戻せる筈、ないじゃない！
　それに、そもそも、じぃじがここから呼びもどせば、皆帰ってくるじゃない！
　じぃじ言ってたよね、"じぃじは世界一の羊飼いだから、皆じぃじの言うことを聞くんだぞ"って！
　なのに、私がわざわざ探しに行く理由、ないじゃん！」


　グレイが何を言っているのかは聞こえないが、リュコの声は辺りに響き渡る。やはり、敬愛する祖父の元からは離れたくないようだと、ラトは大体の事情を把握した。
　
　
　その後も、少女は殆ど泣きそうな顔で抗議を続けるが、老人の言葉が進むにつれ、不承不承といった様子で頷いたり、でも、と首を振ったりしている。老人、グレイの方はいたって平静な顔をしているように見える。
　きっと色々な屁理屈で孫を説き伏せているのか、とラトが感心半分呆れ半分で遠目に様子を見ていると、話を続けていたグレイがラトを見据え、牧人用の杖を軽く掲げて見せる。



　その杖から、綺麗な鈴の音が聞こえるのを聞いたラトは、その合図に従って彼らの元へと歩いて行くのであった。

　ジャックはゆるゆると首を振った。

わくわくしてる様子やがっくりした様子に、自身の手にある手紙とくろやぎさんを交互に見遣る。

読み終わった手紙をラトさんに向かって差し出す。
受け取ったのを確認すれば、砂漠から後の行軍の疲れをいやすべく、自身も革袋から水を飲み始めるだろう。

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慌てふためきつつ、手紙を荷物袋に押しこんでいる！！

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にっこり笑顔のリュコさんは、有無を言わさずラトさんを捕まえようとしている！

にこにこしたまま、リュコは牧人の杖を振るう。
いつも以上に鬼気迫るリュコの様子に、逃げかけた羊達は急ブレーキをかけて、おずおずと振り返った！

羊たちはとてもうれしそうだ！