その瞬間——私は、呆然としていた。


　練習試合。それは、一揆参加者達が行う、手合わせを名目にした一発勝負。
　普段、新王の手の者や、各地に生息するモンスター、野良エンブリオなどと刃を交える彼らが、参加者同士での試合を行うメリットは何かと言われれば、ソロであれば、ほぼデメリットなしで様々な特性を持つ相手と戦えること、パーティならば、連携の強化や作戦の試行が出来ること、また、対戦した他参加者との交流を持つきっかけになること、だろうか。
　さらに、敗北した際のペナルティもなし。強いて言えば、勝ち負けが付くくらいだ。
　結果、練習試合は様々なパーティの間で、盛んに行われている。
　ミハウ自身も何回か試合に臨んだこともあり、それはいつしか進攻の合間の、恒例行事のようなものになりつつあった。

　——ただ、今回は、いつもと様子が違っていた。

　今回の相手は“二人”。事前には、そう伝えられていた。基本的に練習試合の相手は、当日まで分からない。それまでの対戦相手も、皆（種族は違う人間もいたのかもしれないが）、人の形をしていたし、その情報を疑うことなど、彼はもちろん、ペアを組むコトカもしなかっただろう。
　そうして、当日。二人の目の前に現れた相手は、黒髪の青年と——俗に、軽トラックと呼ばれる、乗り物だった。
　二人、と言っていたはず。けれど、現れたのは一人。
　もう一人はどこへ行ったのだろうと、内心首をかしげたミハウをよそに、青年が飄々とした語り口で挨拶をし、軽トラのアクセルを踏み込む。
　そして。
　
　その、軽トラが、喋った。

「……え？」

　正に、衝撃だった。ミハウの人生で、無機物が話す、など、予想外のことだったから。
　ただ、それは、後に受ける衝撃の序章に過ぎなかったけれど。

***

　衝撃をなんとか呑み込んで臨んだ戦いに、ミハウが加わっていられたのは、僅かな時間だった。
　こちらが踏み込むよりも、相手が畳み掛ける方が圧倒的に早かったのだ。気づいた時には、既に、ミハウは地面に膝をついていた。早々に戦闘離脱を余儀なくされ、大人しく範囲外に引き下がりつつ、彼は驚きと共に感心せざるを得なかった。
　まさか、体力の低いコトカではなく、こちらを先に潰しに来るとは。技によって弱点を突かれたこと、そこから畳み掛けるように、集中攻撃を受けたこと。見事な連携と手際だった。
　次はもっと頑張らなくては。そう決意しつつ、試合へと視線を向けた時、彼は聞いた。そして、見た。


　——コトカに向かって、軽トラが全速力のタックルを仕掛ける姿を。



　その試合の後に、ミハウはこう、手帳に書いている。


　……その瞬間、私は、呆然としていた。
　一瞬、何が起こったのか全く分からなくて、ただ、見ているしかなかった。
　きっと私は、あの二人のことを、彼のあの姿を忘れない。いや、絶対に、忘れられないと思う。




…文章中、E-No.1023さん、1432さんをお借りしました。楽しい試合をどうも有り難うございました…

子狐はミハウの肩の上で、二人を眺めている。

ふむふむとつぶやいてから

話を聞きながら、視線が変化したのを感じ

問に少しの間黙る。適切な答えを探す間なのか

要領を得ない説明だったと、苦笑しました

認識の齟齬、なんてものには気付けなかった。
彼が苦く笑うので、その理由が少し気になりこそしたけれど、疑問符を浮かべるに留まる。
……遣り取りを横目に見ていたシズが、呆れたように溜息を吐いたことにも気付かない。

と、訊ねたところで、目が合った。
明るい琥珀のような色の双眸に見詰められ、数度、瞬く。

　彼が掲げた、震える手を見る。
　言う通り、戦いを怖いと感じていることの、表れなのだろう。

　現状を、情けないと思っている。
　紡がれる言葉を聞いて、青灰色の瞳が、真っ直ぐにミハウを見据える。

　彼の心中を確かめるように、そう言った。

その袋を受け取り、言うが早いか、女は地面に座り込んだ。重量のある金属のがちゃりという音が響く。空いた左手で袋の中身を覗かせる。そしてその中身から軟膏と思しきものを取り出すと、左手だけで器用に右手の篭手を外し、未だ鮮やかな赤を見せる傷口を露出させ、そこに塗りこみ始めた。

そうして口を開きながらも、手際よく、懐から布切れを取り出し巻きつける。

奥歯で噛み、引っ張り、結びつけたその布の具合を確かめながら。視線は腰の剣から、ミハウの身体を眺め回すように注意深く移る。