少年は歩く。

迷いと、悩みと共に。


Chapter 2:Elegy


　遠い、昔のこと。

「ねえ、ミハウ」
「……なあに？」

　凍えそうに冷えた、星空の下。
　優しいぬくもりに包まれて、夢うつつに聞いた言葉。

「あなた…………から、……た………ん……、笑ったり、泣………、怒った…………でし…うね。楽し……も悲しいことも、経……ていくでしょ……」
「うん」
「…………と出会……、笑い…………や……ひとも……でしょうね。たくさ……葉を…………、……って、たまに…………、語り……て。い……全てを知る…………出来ないから、少しずつ分か…………。あなたの……と、私のように」
「うん」

　見上げた夜空と、月明かりに照らされた彼女の横顔。
　彼女の胸元には、薄紅の石を留めたペンダントが、ゆらり、光を反射していた。

「……、幾つもの道から一つきりを選ばなくては……なることも、あるでしょう。その時、辛い……することも、あるかも……苦しくて、逃……したく…………ない」
「それでも……選ぶのよ。あ……が信じる道を、信じられ……もの……大切にした……を、守れる……」
「……うん？」
「難しいかしら？　そうね、まだ貴方は小さいものね。ごめんなさい」

　そう言って浮かべた微笑みが、どこか寂しそうに見えたのは、何故だったのだろう。


「ねえ、ミハウ。一番大切なのはね——」


***

——手紙にする前に少しだけ、気持ちを書き留めておこうと思う。
一揆に参加して、数日。こうして改めて数えてみれば、ほんの僅かな時間。けれど、正直な気持ちとしては一月も二月も経っているような気さえしている。それだけ、色々あったって事なんだろう。

人と共に進む旅路は慣れないことばかりで、目まぐるしい変化の連続だった。

一番初めの腕試しはともかく、今一緒に旅をしているコトカさんとの出会いからして、多分、今組んでいるのが不思議なくらいだろう(何となく、今もぎこちない気がする)。色々、彼女には迷惑をかけているだろう。あんまり謝ってもしつこいだけだし、それを口に出すことは減ったけど、本当に、申し訳ないと思う。
一時的に、他の人たちとパーティを組むこともあった。目的あってのことだし、それは達成できたからいいけど、ご一緒したルカさんやアリシアさんはどう思ったんだろう。分かれる際まで、怖くて聞けなかった。

一揆に参加してから今までに、いろんな人と出会った。参加する前は戦いだから、男性が多いのだろうと思っていたけれど、会う人は圧倒的に女性が多かった。エンブリオの力を借りる以上、女性でも大きなハンデにはならないんだろうけど、それにしても多い。これが世の中では普通なんだろうか。
女性と話すときは、やっぱり緊張する。故郷では、仕事中に話しかけてきても伝達だったり、道案内だったり、何か事件があった時で、きちんと目的さえ果たせば終わりだったから、一対一で世間話、というか何か自由に話すのは慣れてなくて、どうしていいかよく、分からない。経験が足りないんだろうな、もっと、いろんな人に話しかけるように頑張ろうと思う。

進攻を始めて、目まぐるしく変わる景色と遭遇するモンスター達にも何度驚かせられたのか分からない。私が知っていた、メルンテーゼとは何だったのか分からなくなるほど、突拍子もないモンスターが現れた。

戦闘中に関して言えば、あまり変わっていないどころか、逆に悪化している気もする。ルカさんたちと組んだ時に、少し頑張ってはみたけれど、結果は良くなかった。
無理に押さえ込むのも、良くないとはわかっている。でも、あの状態と普段の差が埋まらないと、これからも色んな人を驚かせてしまうだろうし、その後もやりにくくなってしまう。

どうにかしなくては、と思うけど、——

　文字を綴る手を止める。手帳の紙面へ視線を落として、小さくため息をついた。
　進攻の合間に立ち寄った水場での休憩時間。
　イェジはさっさと何処かへ（多分水浴びでもしに行ったんだろう）、コトカさん（とウルヘアさん）は水を汲みに行ってしまって。何となく暇だからと、座って手紙用に纏め出したメモは、いつのまにか反省文になっていた。
　どうしようもないな、と思う。
　コトカさんと初めて一緒に戦った時、あの状態になってしまって、酷く驚かせてしまった。それが今も尾を引いている。ルカさんとアリシアさんと共に砂地へ向かった時も、途中までは抑えられたけれど、最終的にやっぱりあの状態になってしまった。
　直さないと、とわかっては、いる。けれど、あの状態になる以外に、戦いへの恐怖を抑える術が分からない。気を抜けば、手が震えてしまう。恐ろしくて、立っていられなくなってしまう。

　ため息と共に一人ごちる。どうにかしないと今後の対人関係が危なくなるどころか、面倒に巻き込まれかねない。何か対策を、と考えても、特に思い当たらない。そりゃ、何年も悩んできたことだ、自分で思いつくことなんてほとんどやってしまっている。あの状態をせめて改善できれば、とは思うけれど、どうすればいいかなんて、思い浮かぶわけもない。

　——戦うことをやめてしまえば、考えなくても済むのかもしれない。
　知れないじゃなく、実際、済むのだろう。何も思いわずらうこともないだろうし、わざわざ怖い目を見なくても済む、でも。

　ちら、と落とした視線の先、傍らに置いた、紅い鞘の剣。手を伸ばして、膝の上に引き上げる。
　確かな重み。ぐらつきのないしっかりとした造り。柄頭と鍔に彫り込まれたノコギリソウの紋様、少し乱雑に、柄に巻かれた滑り止めの赤い布は使い込まれた為に擦れ、所々破れ掛けている。その赤が、所々濃くなっていることに気付く人は少ないんだろう。
　これは、団長から命と共に借り受けた剣。一揆への参戦許可の証。手放してはいけないもの。目的を果たし団長へこれを返すまで、私は戦いから逃げることを決して許されない。
　私に、この剣を託した団長の思いは、痛いほど分かっている。これは、それだけの意味を、持っているから。

　恐怖から、逃げてはいられない。
　分かっている。
　いつまでも、逃げてはいけない。
　分かっている。
　今度は、もう逃げられないから。
　分かっている、でも。

　声に、はっと顔を上げる。いつのまにかイェジが目の前にいた。いつもと同じ、どこか不満そうな顔で、け、と小さく吐き捨てた。

　慌てて空を見る。確かに日がほんの少し傾いていた。長居をしすぎたかもしれない。

　呆れたようなため息が聞こえた気がしたけど、気にしてはいられない。
　開きっぱなしだった手帳を鞄に仕舞い、剣を腰のベルトへ差す。最近、慣れてきた重みが、左腰に掛かるのを確認。立ち上がりながら、傍らに置いたままだった武器を手に取ると、遠くに居るコトカさんへ呼びかけた。

突然、ものすごく謝られてしまった。
必死に謝る彼の姿を見て、怒りが削がれたというか、こちらまで何だか申し訳なくなってしまい

参ったなぁ、と武器から離した手で頭を掻きながら

おもむろに自分の手元にある小袋の内一つを開くと、クッキーを一つ口の中に放り込み、
もひとつどーぞ、と袋の口を向けてみる。