無事に、砂地を越えた。
　砂地に来たかった理由——ザントマンとの契約も無事に終えることができたし、文句無しだ。
　ルカも契約できたようだし、一石二鳥である。
　それに初めて一緒に戦った割に、ルカとアリシアとは、上手く連携できていたんじゃないか、とも思う。
　彼らとは一旦、ここで別れることになったけれど、今後また会うことがあるのなら、協力できたら嬉しい。
　……それにしても、アリシアのエンブリオたちは賑やかだった。
　振り回されているようにも見えたけど、大丈夫なんだろうか。

　あと、ミハウに変な印象を抱いていないかも心配だ。
　良い人なのだ、彼は。戦闘の時に、性格が変わることを除いては。
　人のことを心配する以前に、そもそも、私と彼との距離感も、今一掴めずじまい——と言うか、どうにも微妙な感じのままで。
　戦闘では上手く協力して戦えるようになってきた、けれど。
　……どうしたものやら。

　溜息を一つ。視線を下げれば手に持つ杖。
　その先に括りつけられた黄を基調とした結晶が、ヒリアイネンと呼ぶことにしたザントマンの、現在の姿だ。
　本来なら、何かしらの姿を持たせられるはずだけど——私には、まだその力が無い。
　ウルヘアに実体を与えて、いくらかの力を引き出すこと。
　それが、今の私の精一杯だった。

　そもそも、ウルヘアとちゃんとした契約を結ぶのは、もう少し先の話だった。
　それにウルヘアは、強いエンブリオだ。正直、私には荷が重いほどに。
　だから私が彼の力を全て発揮させることは、夢のまた夢だ。
　戦闘を終えた後は、実体を保ってられないこともある。今だってそうで、彼は風に紛れている。
　あの森に居た頃より、明らかに彼は弱体化している、と言わざるを得ない。
　——それでも、ウルヘアはそのことについて、私に不満を言ったことはない。きっと、彼も歯痒いのに。
　有り難かった。
　でも、それ以上に、自分の力無さが悔しかった。
「……ウルヘア、ヒリアイネン」
　ぎゅっと杖を握り締める。
　今はまだ無理だけれど、いつかはきっと。
「私、頑張るわね」
　穏やかに風が吹いて、きらりと結晶が煌めいた。



　***



　さて、あれこれと思い返すのは終わりだ。
　現実を見よう。
　今、目の前に居るのは何かと言うと、軽トラだ。
　正確に言うと、軽トラと言うもの、らしい。
　だってあんなもの初めて見た。何あれ。
　しかも喋る。だから何あれ。

　今からこの軽トラ——愛称はトラ吉らしい——と、その隣にでにこやかに笑っている青年、トート＝ロードストーンと戦う。
　つまるところ、練習試合だ。
　そう、練習試合である。
　私は彼らを見て、我が目を疑った。
　ミハウも固まっていた。
　ウルヘアに至っては、なんかすごく威嚇してる。
　うん、当然だ。

　しかも、トートは「タイガーは150km/hで走る」と笑顔で言っていた。……タイガーはトラ吉のことなんだろう、多分。
　その速度であの鉄の塊が迫ってきたら、死ぬんじゃないんだろうか。いや普通に死ぬでしょ。
　笑顔が怖い。
　……まあ、殺意は感じられないし、そもそも練習試合だから大丈夫だとは思う。そう思いたい。

　なぜ、無機物が喋るのか。
　なぜ、彼はそれを当たり前のように受け入れているのか。
　なぜ、私たちは彼らと戦うことになったのか。
　さっぱり分からない。
　メルンテーゼは、思った以上に不思議でいっぱいだった。

*
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　〜練習試合とリンクしてます〜
　（ENo.860,8611023,1432さんのお名前をお借りしました）

不意に話しかけたのは、この間、冒険を一緒にしたばかりの少女だった。目立つ緑のフードを見かけて、慌てて追いかけてきたらしい。

そう言って、ぐっ、と小さく拳を握った。

警戒を露わにするエンブリオを、感情を覗かせない双眸で見遣った。
それから一度瞼を伏せる。

笠に手を触れてから、今度は二人に向き直る。
違和を覚えたであろう双眸は、やはり異なる色をしていた。

問いには答えず、ただ一言、青年の側から問いを投げた。

コトカの言葉を肯定するように頷いて。

そう言って掲げた手が、かすかに震えていた。へらり、困ったように笑って、手を下ろす。

ほんの少し遠くを見て、しょんぼりと眉を下げたまま言葉を続ける。

最後の辺りは、視線を合わせずに呟いた。心底、情けないことだと思っているらしい。

空の上から、羽ばたきが降ってくる。
それに、鳥の鳴き声も。

見上げた目が眩しそうに眇められているのは、太陽のせいだけではない。
鳥の翼を持ちながら飛べない身は、傍の木陰にたたずむ彼に憧れと親近感の混ざった視線を送る。
イヌワシからも視線が返り、見詰め合うかと思いきや……

あちらから注がれる視線は、己の顔ではなく、下半身に向けられていた。
険しい外見に似合わぬ愛らしい鳴き声に、くすくすと笑いながら。
たまご色のおしりをぴるぴると振ってみせて。

冗談を口にしつつ、ぺたぺたと木の真下まで近づき、手を差し伸べる。
おいで、と見上げて呼んだ辺りで背後から聞こえた声に、伸ばした手を引っ込めて振り返り。

前半は少女に、後半はイヌワシに。
視線を注ぐ箇所が同じな彼らを面白がるよう、くすくすと笑みをこぼしながら彼女へと向き直り。