あれはお前のせいじゃない、いつまで気にしてるんだ？

—— 彼女が笑う。いつものような、無邪気な子供のように。

…だって、私が勝手なことをしなければ……あなたは、あなたは…

—— 私は声を絞り出し、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

早いか遅いか、ただそれだけのことだ
お前は可愛い顔してるんだから笑ってろよ

—— あはは、と笑って、私の背中を豪快に叩く。突然のことに咽こんだ。

でも…でも私は……少しでもあなたと一緒に居たかったよロジィ

—— 涙声にポツリポツリと喋る私を面倒くさそうに眺めると、ため息ひとつ漏らす。

背筋伸ばして、シャンとしろよアーデルハイド！
甘えるんじゃない！お前は覚悟を決めたんだろ！！



*　*　*　*　*



ゆっくりと、私は瞼を開いた…と、思う。
辺りは暗闇に包まれ、目を閉じているのか開いているのか、自分でも定かではない。

「…ルス」

ポツリと、エンブリオの名を呼ぶ。
光を宿した瞳は、薄暗い天井をぼんやりと映し出していった。

「夢か…」

暑さからの疲れと、昼間の散歩も響いたのだろう。
海の家の後片付けもそこそこに宿へ引き返し、そのまま眠ってしまったのだった。

生命力が足りないのかと思った、辺りはずいぶん暗い…が、どうやら真夜中のようだ。
早い時間に寝すぎたのか、変な時間に目が覚めてしまったのだろう。

「またこの夢……そうか、村は祭りの時期、なのか」


———


夏の終わり、秋の初め。
私の産まれた村では、この時期になると行う、オクリ祭、という行事がある。
夏には死者の魂が故郷へ戻ってくると信じられていて、彼らが迷わないよう帰路につけるため導くのだ。

昼間は賑やかに、死者の魂とともにこれからの豊作を願い
夜はかがり火を焚き、ウタイテの歌とともに送り出す。

祭の間中、人々はお面をつけ、生者と死者の境界を曖昧にさせ、分け隔てなく最後の時を過ごすのだ。


———



体を起こし、ベッドから窓辺へと向かう。

「体力が少し戻ってるな」

そのまま窓に腰をかけると、夜空を見上げる。
海の匂いを含んだ風が、目にかかる前髪を揺らした。



祭の晩、私はいつも同じ人の夢を見た。

駆けっこや木登り、水遊びを教えてくれた。
面白い話をたくさん聞かせてくれた。
幼い時に死んだ、父さんの話をしてくれた。
一緒にいたずらをして怒られた。
私に剣を教えてくれた。
数え切れないほどたくさんの物を与えてくれた伯母の…私の世界に、光をくれた女性の夢を。

「こんな所まで励ましに来なくてもいいのに…帰れなくなるよ」

世話焼きの心配性だったからなぁ。
彼女のことを思い出し、ふっと笑みがこぼれた。

瞳を閉じて歌を歌う。
ウタイテだった頃を思い出し、記憶をさぐりながら。

死せる魂よ安らかに
迷うことなく旅路へと。






「…でも、あの時の事を後悔せずにはいられないよ」

きちんと名を呼んでくれたのが嬉しかったのだろう。
嬉しそうに鳴きながら背の羽をぱたぱたさせている。

やさしく毛並みに沿って撫でる手に
気持ちよさそうに喉を鳴らしながらうっとりと目を細めた。

練習試合での怪我はないかという問にすくっと立ち上がり
自分の身体がよく見えるようにアデルの周りをくるりと一周してから元気よく鳴いた。

すごいと言われれば得意げな顔をする
隣でその相棒も応えるように高らかに鳴いてみせた

人形をぶらんぶらんと揺らし。

首根っこを掴まれたままでぶらんぶらんと揺れ。

ぐらり と傾く視界の中で、
「ああ、倒れる——」　…どこか他人事のようにそう思う。
しかし体が地面に激突することはなく、代わりに伸ばされた少女の腕の案外強い力によって
自分の身はしっかりと抱き留められた。

触れ合う箇所から感じるのは、じんわりと伝わる人肌のぬくもり。
やわらかな女の身体、
かすかに香る甘やかなにおい、
……女の匂い。

（気持ち悪い　気持ち悪い　気持ち悪い)


不意の接触によって心構えの出来ていなかった体は
素直にぞわり、とその肌を嫌悪感に粟立たせる。
だが血の気がひいて力の抜けた状態では振り払うことも出来ず、
結局少女にされるがまま、日陰に連れて行かれそこに座らされた。


こちらを気遣わしげに覗き込みながら、少女はその手袋を外して額に触れて来る。

…生理的嫌悪とは裏腹に、ほっそりとした指先はひんやりとして、ほんの少し快い。
気のせいかこちらを見る紅い目がどこか遠くを見るように揺らいだが、
彼女が何を思うのか、それを推し量ることは出来なかった。

——仕方ない。情けない話だが、容態が回復するまではこの少女に甘んじよう。

そう自分に言い聞かせ、目を閉じて何とか気持ちを落ち着けようと努める。
するとしばらくして、それまで黙っていた少女が突然ぽつりと言葉を発した。


「あなたの髪も、よる…じゃなくて、暗い青なんだな」
「偶然だなぁ、私の家もみんな同じ様な色の髪で…」

自分のこの青みがかった黒い髪はどちらかといえば珍しい毛色で、
少なくとも自分が生まれ育った街や、これまで旅をしてきた中でも
ほんとうにごく僅か、数える程しか見たことがなかった。
なので突然変異的なものか、あるいは未だ行ったことのない地方で
よく発生する毛色なのではないか、などと思っていたのだが…

そう言う声音はどこか虚ろで、何故だかそこはかとない不安を喚起させる。
冷たい青色の目が、じっとあなたの顔を見据えた。

率直に口に出した。それは私には足りない、憧れる強さだから。
騎士として誇りのある仕事。人を守ることは容易く引き受けることが出来ないことだ。
苦笑しているアデルとは逆に、尊敬の意を表した。


「見てみたい」と言った後に、”アーティファクト” に 困惑し途惑うアデルの姿に、

布を取り、手鏡から光が溢れ出す。
溢れ出した眩しい光が大きくなり、やがて視界が白に覆われる。

………いつもなら。そう。いつもなら。

恥ずかしい…。エンブリオがうまく扱えない人だと思われてる…。
戦闘だとちゃんと喚べたのに…、なんで上手くいかないのかな…。
も、もしかして、寝てます？竹蛇さーん！（鏡に小声で呼び掛け）