「皆、ちいと話がある。聞いでぐれ」

　その日の夕食で、クロはそう切り出した。

「オイは明日から、一揆衆の連中を襲おうと思うとる」

「……！？」

　驚愕、困惑、不動、疑心、興味。彼の周囲に居る5体のエンブリオは、言葉にしないながらもそれぞれに異なる反応を返す。

「これがらその意図をなるべぐ簡潔に話す。分がんねえ所があっだら聞いでぐれ。んで」

　一息吐いた後、クロは周囲を見回した。

「大前提として、最終的にオイと契約したお前達5体のエンブリオ全ての了承が得られんなら、そこでこの話は終いだ。そんつもりでオイの話ば聞いどげ」

　正確に言うなら、この時点で既にマーメイドの五洋とは契約を解除していた。しかし、群れとはぐれたまま放り出すのも無責任だとクロが五洋に契約解除後の同行を提案し、五洋もそれを望みクロ達に付いてきている。

「あ、あのぅ……私はもう契約は解除されてますし、クロさんの決定に逆らう権利は」

「同じじゃ。きさんと契約した時、オイときさんは『命』を分け合った。その重さは、きさんも源三らも同じじゃ」

　クロの住まう村の掟——契約者とエンブリオは一心同体。どちらかが命を落とした時は、もう片側も同じく命を捧げよ。

「まあ、それもオイの我儘じゃけんどの。五洋は村の者じゃないけん、掟に縛られる必要は無か」

「い、いえ……ひゅう……！」

　言葉に詰まる五洋を見かねたのか、その場に一陣の風が吹いた。

「クロ。とりあえず、その意図とやらを話してみろ。まずそれを聞かんことには始まらん」

「分かっだ。オイが一揆衆への襲撃を考えた理由は、大きく二つある」

　第一に——『一揆成功の阻止』。

「？　クロ、お前も一応は一揆衆なんだロ？　王の打倒が最終目標なんじゃねえのカ？」

　阿近の問いに、クロは口元に手を当て何事かを思考する。

「王の打倒、それ自体はマストじゃ。じゃが、オイ達の一揆はそごで終わりじゃねえ」

　ルリアンナが言うところの魔王パラダイス、それを玉座から引きずりおろす。そして、その後は。

「こんまま王政ば続けるなら、次は誰がこの世界の王んなる？　親父は『そん時はそん時』なんち言いよったが、オイはどうにも納得いかん」

　クロの父『朝日奈　鋼（あさひな　はがね）』。喧嘩の腕はクロ以上に立つし、村の衆達とのエンブリオの力比べでもほぼ負けたことは無い。しかしそれ故、どうも細かい所に気を配れないきらいがあった。

「何ぞ含みのある物言いじゃったルリアンナか、それとも他の誰かか。あるいは一揆衆ん内から現れるかもしれん。どっちにしろ、じゃ」

　このままの王政を続ける以上、常に今回の件——ネクターの独占——そのようなリスクは付きまとう。

「今ん一揆衆には、一番重要なその部分を考える人材が少ねえ。理由は分がんな」

「——結構な割合が『外人部隊』だからねえ。一揆の参加にあたってのモチベーション、その殆どが自分の目的のついでだったり、あるいは自分の意思でここまで来たんじゃない奴らも居る。ま、気持ちは分かるよ」

　スゥがぽんとクロの肩を叩いた。

「殆どの村でネクターは押収されて、今後の展望も楽観視できる状況じゃない。そんな状況で、リゾート気分の奴らが大勢押し寄せて、しかもそいつらがばったばった王城の連中をなぎ倒して進んでく」

「気に入らん、ちゅうのは、確かに率直な感想じゃな」

　ぎり、とクロは自分の拳を握った。この世界と心中する覚悟も無い余所者——しかし、その実力は確かだ。

「個人的な感情が全くないとは言わん、というかむしろ半分ぐらいはそうじゃ。そしてもう半分が先に言うた一揆の阻止」

「……時間稼ぎ、ということか？」

　源三の言葉に、クロは頷いた。

「オイの力でできることなぞ知れとろうが、それでも何もやらずにぼーっとしとるよりはマシじゃ。一揆の後に創りあげられる世界、その欠片でもええ——できる限りの情報を手に入れる。そのためにも、時間が必要なんじゃ」

　厳しい、というのは、権六を除くエンブリオ達にも明らかだった。ちなみに先の話中、権六はずっと川魚の骨をつまんで目の前でぶらぶらと揺らしていた。

「さて、もう一つの理由についても話しどぐが」