ー愚者になった話ー








俺は刃先が折れた剣を呆然と見つめる。

何故？

その言葉ばかりが頭の中をぐるぐるまわる。

勇者の剣ではあの魔物を倒せない？

そんなはずが無い。
これでは村の人々を救えない。
あの少女との約束を守れない。

しかし、剣は折れてしまった。
俺は勇者じゃなかったのだろうか。
だから剣は折れてしまったのだろうか。

そんなことを考えていて。
魔物の攻撃を避けれるわけが無い。

はっとした時には奴の尻尾が俺の身体を捉えていた。
吹き飛ぶ俺。
ごろごろと地面を跳ね転がり、壁にぶち当たる。

痛い。
いたい。
頭も身体重い。
俺は自分の剣を杖になんとか立ち上がる。

どうすればいい？どうすれば。

魔物はゆっくりとこちらに近づいてくる。
ずるりずるりと這うように。

そのでかい頭についた小さな眼。
赤い瞳がこちらを向いた。視線がぶつかった。ような気がする

なんで勇者の剣でこいつは倒せない？

魔物が折れた剣を見て、笑ったような気がした。
その剣でなにができるのか、というように。


何か。何かあるに違いない。
この魔物を倒すための何かが。この折れた剣に。

俺は必死に考える。
どうこの剣をつかえば良いんだ。

魔物を倒すために。

この魔物をどうやったら。

魔物を。

どうやったら…？














……














待て。














待て。








おかしい。













俺はこの目の前の魔物を見る。








どうしてこいつは俺の前に立っている？














ここには結界があるはずなのでは無かったのか？














魔力を持つものは通さない結界。
それゆえに俺はここに入ってこれた。
魔力が無いから。














どうして『魔』の『力』を持つ『魔物』がこの場所に存在している？










頭が痛い。
胸が早鐘のようになる。



何かが狂い始めてる。
剣だ。
剣が折れたからだ。




結界が機能していない。
剣が無いからだ。



きっとそうだ。



俺は走った。
痛みのことなどもう吹き飛んでいる。

出口だ。出口に向かおう。

広場からの出口。洞穴に向かって走る。














ドンッ











ぶつかった。



洞穴に向かうたったひとつの道。
道は確かにあるのに。
前には決して進めない。










結界だ。













結界があるのだ。



結界は魔力に反応するんじゃなかったのか？
どうして俺に反応する？




心臓が痛い。
脚が震える。
ああ、わかっている。
わかりかけてきている。



俺はいつのまにか膝をついてる。
身体の震えがとまらない。




俺はやっと結論を出す。









すべては逆だ。
この剣は勇者が魔物を倒すための剣ではない。
魔物のための剣。

餌を呼び込むための剣。














物語は嘘だった。
すべては作り話。

結界の話も勇者の剣も。





勇者はここにはいない。







いるのは、自分が勇者だと思い込んだたった一人の愚か者。
自分を特別だと勘違いして。
村人を助ける英雄気取りのお人良し。







ただそれだけだった。














残った事実は俺の目の前に魔物がいるということ。
結界は魔力に関係なく俺の行く手を阻んでいるということ。














なんのことはない。
これは俺のためにつくられた物語。

ただし退治される側は逆。














村の人達にはめられたのは俺だ。





ー・・・









自分は特別だと思っていた。
幼い頃から魔術も使えず出来損ないだと罵られてきた。

しかし、だからこそ自分は特別だと思っていた。
魔力が無いのは、自分に特別な力が眠っているからだと信じていた。


小さい頃は周りに迷惑しかかけてこなかった。
生きているだけでも、魔術が使えないお荷物だった。


だから勇者に憧れた。英雄に憧れた。


誰かの役に立てるように。誰かに必要とされるように。


いつかは勇者になれるように。


だが、



これで証明された。
俺は本当に勇者でもなんでもないただの愚か者だった。


愚か者だったのだ。





ー・・・







俺は身体の震えを押さえるのに精一杯だった。
魔物は確実にこちらに近づいてくる。



勇者ではない俺に何ができる？
折れた剣と自前のなまくら剣で戦うのか？



勝てるわけが無かった。



ならば、どこかに逃げるか。
しかし結界のせいで逃げ場はどこにもない。


何もできない。


いつもどおりだった。
昔と何も変わっていなかった。



役にたたないまま。
勇者もただの勘違い。



なら、このまま魔物に殺されるのも悪くないのかも知れない。
むしろ運命だったのかもしれない。



村人達の望みをかなえる形になったのが癪だが。
まあ、それも運命みたいなものかもしれない。


かえって、人の役にたって倒れるのならそれもよいか。


このまま、役立たずのままで生きていても。


生きていても…。


……。



…いや。


「っはは」



思わず笑いがでた。
今までさんざん迷惑をかけて生きてきた。


生きていくだけで周りに負担をかけて来た。


だから勇者になりたかった。
周りのために戦える。
いままでの負担をかけたぶん大きく大きく恩返しできる。


けれど俺は偽者で。
結局愚か者は愚か者のままでしかなくて。

それでも。





それでも。




生きて行きたいと思った。


だからもう少し頑張るとしよう。
俺はやっぱり勇者になれなかったが。
なんでもないただのトートだったが。


それならそれで精一杯やるしかない。
『愚か者』のやり方でやっていくしかないんだ。


「ははっ！」


俺は笑った。
これだけ、騙されてぼこぼこにされて。
それでも結局何も変わってはいないのだ。
とんだ大馬鹿野郎もいいところだ。



俺は無理をする。
そうだとも愚か者なんだから、あがきのひとつやふたつはしてみせよう。

そう簡単にはあきらめない。


魔物と目が合う。
ああ、すまない。
先ほどまでは君の餌になる予定だったかもしれないが、予定は変更だ。


俺は剣を抜く。
物語は嘘だった。


ならば、この魔物を倒すのに勇者の剣が必要というのも嘘だ。
それならば勝機はある。このなまくら剣でも。



この魔物を倒せる。












ギィン！












あ、全然効いてない







というか遭遇時に一度試していたな、なんて考えつつ俺は奴の体当たりに吹き飛ばされる。
骨が何本か逝ったが許容範囲だ。

俺は再び立ち上がると、剣を構え魔物に切りかかった。


何度も。


何度も。



しかし、魔物には全く傷一つつかない。
やはり気合だけではどうにもならないのが現実のようだ。



成果といえば、やたらと魔物の気を逆撫でしたことだ。
確かに効かないとはいえ、あれだけ殴られれば怒りもする。



魔物が一際大きな咆哮をあげる。木々が震えた。
魔物の行動はシンプルだった。

その怒りを直接ぶつけるべく真正面から俺に突進してきたのだ。

この威力、直撃すれば終了だ。
その場で俺はバラバラになるだろう。

しかし、いやに俺は冷静だった。
この次にやるべきことを自然と身体が為していた。

剣を構える。
普段の両手での構えではない。

切っ先を背面の結界に添えるように、トン、と、柄は相手の魔物に向けて。

俺は結界を破れない。
でも、お前ならやぶれるだろう？

次の瞬間、魔物の頭が飛び込んできた。
俺は全身がバラバラになるような衝撃を身体に感じる。
柄で攻撃は受けたが、その程度では衝撃はおさまらない。

そのとき、背後から音がした。
罅が割れる音。
結界に亀裂が入った。

そうだ、これでいい。

そして、魔物の咆哮と同時に結界は崩れ落ちた。


ー・・・


魔物に吹き飛ばされ、俺は洞穴の外。元居た山岳まで戻ってきた。

あまりに無理をしたせいで身体がいうことを聞かない。
それでも、立ち上がる。
すると、そこには知った顔が居た。

少女だ。
道案内を買って出た少女。

魔物に遭遇したときよりもずっと顔色が悪い。
それはそうだろう。思惑がはずれたんだから。

「どうして…」

少女は呟いた。
俺はそこにズカズカと駆け寄った。

少女が怯えたようにあとずさる。
しかし、その手を俺は掴み取った。

「逃げろ」

「え？」

俺の言葉に少女は戸惑う。

「俺はどうやら勇者じゃないらしいからな」

だから、俺はあんたたちを守れない。
逃げるなら速いほうが良い。
そんなことを伝えた。

しかし、少女は首を横に振った。

「お願いです！あなたが犠牲になってくれないと村が！村の皆が！」

俺はその続きはあんまり聞かなかった。
何しろ聞いても、あまり面白い話ではなさそうだったし何より魔物が再びこちらにむけて動き出す気配がしたからだ。

「あなたの犠牲で！村の皆が助かるんです！」

俺は首を横に振った。

「悪いけど、そいつは今度来る『勇者』とやらに頼んでくれよ」

「そんな…」

「そんなことよりほら魔物がくるぞ」

「お願いです！お願いですから！」

「時間は稼ぐよ」

俺はもはや剣とは呼べないくらいにひん曲がった剣を構えた。
ああ、愚か者にふさわしい剣だな。

「その時間で逃げるか、もしくは村ごと食われるかは任せる」

俺はこのひどい一日があともうひと頑張りで終わることだけを期待して、魔物に向かった。


ー・・・

ー・・・

何故か高判定のようだ

グダグダである

　　　　　　　そう言って枸杞は左袖を肘まで捲り上げる。
　　　　　　　おおよそ似つかわしくない簡素で華奢な造りの銀細工の腕輪が彼の腕にあった。
　　　　　　　魔力が多少でもある者なら、うっすらと影のような光を帯びているのが解る。