先日、ミクネたちと無事に合流した俺はスカイスピリットとマンモスを薙ぎ倒し次の行き先を相談する事となった。
　さすがに最近は強い敵も多いがそれと比例するぐらいに新しいエンブリオが発見されている。一揆に参加している面々が各々に調べ集まっている情報をいくらか確認してみると、まだこんなに居たのかと呆れるぐらいにぞろぞろ出てくるんだから困ったものだ。とはいえ、エンブリオってのは契約しちまえばこっちのもの。戦力の増強にも繋がるんで、別に悪いことばっかりじゃないんだろうが。

　まあ、しかし、だからといって何でも適当に選べば良いってものじゃないわけだ。それぞれの戦闘スタイルにあったヤツをどうせなら狙いたい……ってのは当たり前の考えだろう。そういう訳で、相談の結果またパーティーの面々はそれぞれに目的の場所に散ることが決まったというわけだ。
　ミクネは新発見されてる狼が気になるとかで森に行くという。ステフは王の側についてるらしい男をちょっとひん剥いてくる（追い剥ぎじゃねぇんだから……）と兵舎に行くんだそうだ。残るのは俺とアルコルな訳だが、どっちもちょっと回復の技を持つというキョンシーが気になるって話になり、結局二人で地下牢まで行くことが決まった。


　今後の行動は決まった訳だが、しかしだからって直ぐに移動するのは流石に疲れた。今日は皆でこの庭で野宿することが決まり、準備を整えているうちに気がつけばもう夕方だ。そういや午前中は移動してたし昼間は戦ってたわけで、その後の話し合いもそれなりに時間がかかったんだから当たり前っちゃ当たり前なのかもな。しかしこんな風に『普通に』時間の経過が早く感じる……という体験は何とも新鮮に感じる。
　……俺みたいな長命なのからすれば時間の流れってのは瞬きするほど早いのは当たり前だ。十年二十年なんてそれこそ昼寝でもしてりゃ過ぎちまうような、瞬間の出来事でしかない。それだというのに最近はどうだろう。たった一日。二十四時間。それがすぎるのがコレほどまでに長く濃密に感じるのだから。ましてや、一時間といった短い間の事があっという間に過ぎ去っちまった事をこんなに惜しむ気持ちになる日が来ようとは。

　長生きはするもんだな、とつくづく思う。





　夕食はミクネが作った。
　相変わらずアイツの作る料理は上手い。俺も作ったことはあるが何でこんなにも違うんだろうか。人間の味覚と俺の味覚が違うとか、経験の差とかそういうものだけじゃないんだろうか。そんな些細な不思議に思考を巡らせつつも、俺はもうひとつ重要な事を考える。


　話そうと、昨日決めた。
　俺のことを。
　俺という存在がどういうものなのかってことを。


　その上でもしも拒否をされたら。
　俺と共にこれから先の道を行くことを拒まれたら。

　……俺は大人しく、あいつらの前から姿を消そう。　



　これはけじめだ。
　こんな風にぬるま湯に浸かるような優しい時間をこれから問答無用にぶち壊す自分に対するけじめであり、あいつらに対する俺の立ち位置をしっかりと決めるという……まあ、そういう事でもある。今まで騙し騙しで伸ばしてきた瞬間がようやっと巡ってきたというだけでしかないのだけれど。
　そんな事実を噛み締めながら食べた夕食は、美味しかったのだけれどそれでも何だか味気ない様な……そんな気分になるものだった。











　そして俺は全部を話した。


　何故、俺がこの世界に居るのか。
　どうして一揆に参戦する事になったのか。
　その目的はいったいどういうものなのか。

　そして。
　……そして、『次元竜』とはどういうものなのか。


　今まで説明したことも、敢えて言わなかったことも、何もかもを話した。




　話し終えた時、ミクネ達は思ったよりも落ち着いているようだった。
　怯えたりだとか、或いはあからさまに嫌悪の顔で見てくるなんてことはなかった。

　……まあ、最も、もしかしたらだが。
　少しステフあたりに話を聞いていたから多少予想できていたという可能性はあるけれど。



　少しだけ硬い表情でミクネが俺を見る。普段浮かべてる笑顔はさすがに今はなく、とても静かなものだ。こういう顔を見ると、普段こそ子供っぽいと思ってしまうがコイツも一端の狩人として生きている娘なのだなと思う。そんな表情で何を言われるのかと俺は思わず身構えた。

　何だか凄い質問をされた。
　予想外にすぎる。さすがミクネだ。

　かと思えばにこやかにこんな事をいう。

　……なんだろうか、妙に力が抜けた。緊張してたのが馬鹿みたいに感じられてくる。俺はため息を付いた。相変わらずミクネはにこにこしたままだしステフなんて「それみたことか！」とでも言いたげな眼で俺を見ている。……何だよ、身構えた俺の覚悟を返せよ。

　フォローされてるんだかけなされてるんだかよくわからないミクネの言葉を聞きながら、一人静かに佇むアルコルを見た。俺をお前はどう思ってるんだ？　視線で問うたのだが、その応えを聞くよりも先にステフの側頭部への飛び蹴りが入るほうが早かった。

何かに夢中になっているようでクライのことに気がついてないようだ

機嫌が良さそうに耳と尻尾がゆれている

青年はそう言うと、手の中で糸玉をゆっくりと握った。

青年が再び握っていた手を開くと、そこに糸玉はなかった。

龍は少し同情的な視線を向けた。

龍は滑稽そうに笑った。

ベルの背中に乗りたいという言葉を受けて、クラカリ君は微笑んだ。乗り心地の心配をひとつして苦笑を浮かべる青年。

しかし、次の瞬間にはそこに青年の姿はなく、気がつけば金色の竜がトートとベルの目の前に居た。

俺は来るそらの大旅行に向けて、腕を天に突き上げ大声で叫んだ！

うんうんと頷く。
どうやら自分の中で納得はできたらしい、が。

また新たな疑問が生まれたようだ。

モノの背中にマウントされた剣が、独りでに浮き上がる。
そして、その剣に描かれた眼の模様が、ぎょろりと蠢いてクライを見つめた。

人間ならば、薄く苦笑いを浮かべているだろう。

翼を折りたたみ、四足歩行で地下牢の合間を駆けるのは一頭の竜である。
ほとんど明かりのない通路でも金の甲殻は仄かに輝きを見せその姿を闇に溶けこませない。
しかし背に乗る人影は異なる様だった。

常からして黒尽くめという出で立ちである女性は、それこそ一歩間違えば闇の中に消え入りそうである。

触角を揺らしつつ駆ける竜は首を横にふる。
その様子に納得した風の女は、ポツリと呟いた。

竜は急には止まれない。
人影に気づき損ねた竜の急停止が間に合う筈もない。

長らく使っていた首に下げたソレをさすりつつ、苦笑いする青年である。