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その夜のことです。
寝袋の中、トリーはお腹を抱えてうんうんと唸っていました。額にはじっとりと汗が滲みとても苦しそうです。
どくにんじんは枕元に立ってそれを眺めていました。

どくにんじんがぽんぽん労わるように頭をたたきます。すると波がひくようにうめき声はぴたりと止まります。
トリーはすやすやと寝息をたてきっといい夢を見ているに違いありません。
そうしてトリーの身悶えが止まったのを確認すると、どくにんじんはトリーの胸によじのぼり、よっこいしょ、どかりと座って体へ根づきをはじめました。
どくにんじんの体から細いひげ根がしゅるしゅると伸びて、トリーの体の上に広がっていきます。
そのひげ根は真っ白でつやつやしていて、とっても細く、一本一本の厚さは人間の目に視認できないほどです。それゆえにそれは皮膚に偏在する汗を流す穴だとか、いらないものを捨てる穴とかにうまいこと潜り込んで、肌を傷つけることなく奥へ奥へと伸びていきます。
そうした異変に気づくことなくトリーは眠ったままです。
けれども異物が侵入していることはわかるのか、難しそうな顔をして体をそわそわ揺らします。痒いのかもしれません。
胸の上の重しを取り除こうと右腕が胸に伸びて、どくにんじんに触れる前にぴたりと止まって腕は下ろされます。
トリーの腕は下ろされたのですけれども、がくがくと微弱な振動は止まりません。
なんだか急に止まったことも、振動していることも、本当は持ち上げたいけれどなにか巨大なものにはさまれて動かすことができないみたいな、そんな動きです。

どくにんじんにまったく驚いた様子はありません。
全部わかっていて、だから驚く理由がない、そんな調子です。

どくにんじんの体から伸びるひげ根はいまやトリーの体の中いっぱいに広がって、体の中の様々な部分（それはびっくりしたときの気持ちとか、気持ちわるいなっていう感情だとか、昨日食べた美味しかったものの記憶だとか、体のあちこちに偏在するふわふわしたもののことです）を確認するようにつんつんつつきます。
そしてそのたびに根っこは首をもたげ、これじゃないと別のものをつつくのでした。

びくりっ、どくにんじんの体が震えます。

ついに先端の根は人間の体の中の一番大事な部分、こころを見つけたようです。するとほうぼうに広がった根っこたちは、こころ一点を目指して集まり、ぐるぐるとこころに巻きつきます。ぎゅううッとこころは根っこにがんじがらめにされて息する隙間もありません。こころの持つきらめきもなにもかも闇に閉ざされもう表の世界に出ることはなくなってしまいました。必然的に体の支配権をトリーのこころは失います。
こうしてトリーはどくにんじんに寄生されたのでした。
これからたくさんのどくにんじんを生んでくれる、とてもいい苗床になることでしょう。

トリーの口から大きく息が漏れます。どくにんじんは気にしませんでした。なぜならこれからトリーの体は人間から“植物みたいなもの”に変わるのです。肺はいらないものになるのですから、そこに詰まっていた不要な息が排出されるのは当然のことです。これからトリーの体はひとつずついらないものを捨てていきます。トリーであったなら必要だったものも苗床になってしまえばいらないものばかり。その最もたるものは契約しているエンブリオで、代理人でも解約ができる代理契約という形をとっていて本当に良かったなあとどくにんじんは実感しました。トリー、いいえトリーだったものはこれからたくさんのものを失いますけれど、それらはみんなどくにんじん達が奪い取り共有するため無駄になるものはなにひとつありません。この世はエコロジーでできているのですから。

ぱちり、トリーの瞳が開きます。トリーは無表情のまま涙を流していました。

涙は様々な感情を洗い流してくれます。だからこれも捨てていくための儀式のひとつです。
どくにんじんは気にとめることなく、トリーの中にある経験値のサルベージ作業を開始します。
ひゅんっと空気を切る音が耳に届いたのは、どくにんじんがトリーの腕に吹っ飛ばされたことに気づいた後でした。ひ
げ根を引きちぎってどくにんじんはころころ転がります。

どういうことでしょうか？
トリーはこころを拘束されてしまって、体の支配権も奪われているわけですから、その体が意思を持って動く理由がないのです。
もしも動くというのならばどくにんじんが内部から操作したときのはずなのです。

トリーはなんでもないように立ち上がり、どくにんじんへ近づきます。
そうしてひょいっとどくにんじんを掴むともぐもぐぺろり、一口で丸呑みにしてしまいました。

トリーはぶんぶん腕を振り回し飛び跳ねました。

それを見逃す有坂ではなかった！
何かを懐から取り出し、投げつける！

なんかよくわからないくるまがビューンと飛ぶ！

　※返事死ぬほど遅れてすみません＿|‾|●

見事にすずめだけを倒した魔ノームにんじんにあっぱれ、と唸るノーム。

にんじんの手を取ってぶんぶん振る。

・・・勇者？

ちらと足元の毒にんじんを見やり嘆息する。