トリーの家は村の中心から少し離れた丘の上にあります。
その丘を更に登ると墓地があることを知ったのは、トリーのおとうさんに連れられ墓参りに来たときのことです。
普段から丘の更に上に行くことは大人たちから厳重に禁止されています。
けれど子供の好奇心旺盛な心の前にそんな注意はマッスルポテトの根に説法。
冒険心に火をつけた少年達は奥になにがあるのか見てやろう、こっそり探検へ行こうと企むものです。
ただし丘の更に上に行くには難点がひとつ、それもとびっきりの難しい問題があって、
それはトリーの家を必ず通らなければいけないことでした。

別にトリーになにか問題があるわけではありません。
それでも村の子供達にとってトリーの家に行くことはあまり望ましくないことで、
それくらいなら良い子になって畑の手伝いをしようと思わせるほどのものがあるのでした。
だから墓地にいたずらものが立ち入ることはなく、村の中でも一部のものがごくごく稀に覗きに行くぐらいでした。

数輪の花と綺麗な瓶に入った水を持って、トリーは義父の後ろに続きます。
唯一墓地へ続く家の裏手の階段は急で、しかも風が強い日でしたから、
ちょっと気を抜いたら風に吹かれて階段を真っ逆さまに転げ落ちそうでした。
背の高い義父は階段も風も気にならないようにすいすいと進んでいくので、
トリーも荷物をぎゅっと握り締めて早足で追いかけます。
義父の結んだ髪が風になびく様子が印象的でした。

階段を登りきった先は木々を切り開いてつくられた小さな広場程度の土地で、
十個ほどの土まんじゅうと突き刺さった墓碑が均等な間隔で一列に並ぶ殺風景な場所でした。
周囲は木々に囲まれ、後ろを振り返ると階段の先、木々の隙間から村を見下ろすことができました。
トリーの家も、トリーとよく遊ぶこどもの家も、その子が森の近くの畑で手伝いをしている姿も見えました。
そのまた向こうの地平線には森が広がっていました。


トリーのおとうさんが土まんじゅうのひとつに目をやります。

村では死人が出ると一通りの別れを済ませた後、村長と手伝いのものとで森の中へ運んでいきます。
森の奥にいる神様のもとへ連れて行き、身体と魂を神様へお返しするのです。
森の中へ運ばれた体がどうなるかは村長たちしか知りません。
森の奥にある墓地へ埋葬するにせよ、あるいは湖に沈めるにせよ、
村人達にとっては森へ送った時点で別れは済んでいるため、それは気になることではありませんでした。

土まんじゅうのひとつひとつに花を置くと、トリーのおとうさんは聖水を手に持ち祝詞を唱えました。トリーは後ろでそれをじっと眺めます。

墓地は村全体を見渡せて悪くない場所でしたけれど、
自分が眠るときは人がたくさんいる森の方がいいなあとトリーは思いました。