兄貴のダメージは、思ったよりも酷いみたいだった。
　一晩も立てば目を覚ますのかと思ったけど全然で、それどころか眠りは凄く深いみたいで。

　でも仕方がない。
　終わっちゃったものは、ひっくり返らない。

　兄貴は何時も言ってたっけ。過去は過去であって、それは決まったことなんだから、いくら次元竜が時間を渡ることが可能でもそこは触っちゃいけない場所なんだって。特に、里の『外』に出る事のある奴はそれをしっかり自覚して自分を律さないとダメなんだって。……まあ、オレはまだまだ未熟で『世界』を渡るのが精一杯だから、そんなのは将来的な話なのかもだけどな。


　それに、そんな事しなくても兄貴はちゃんとまだ生きてる。
　深い深い眠りについてるけど、きっといつか目を覚ます。

　それが、明日なのか……それとも何年も待たないと駄目なのか。
　そればかりはオレにもわかんないんだけど。

　オレは呟いて空を見上げた。
　庭園から見える夜の空は、遮るものは少なくて広々としていて星がよく見えた。
　あの山みたいに流れ星はそうそう見えないけど……こんなのも悪くないな、なんて。

　ちょっとだけ思った。







　次の日、朝日の光で目が覚めたオレは早速行動を開始した。

　まずは兄貴の仲間を探そう。
　そして、事情を説明して力になってもらおう。


　正直言って逢ったことも無い奴に声を駆けるのはドキドキする。何度かはチラチラ遠目に見たことがあるけど、兄貴に見つかるわけにも行かなかったから見てただけだし。それにオレは、次元竜の里でもあまり他の人と声を交わすこと自体がなかったから、凄く緊張する……。
　でも多分大丈夫だよな。アソコを飛び出してからそう長い時間じゃないけど、それでもオレも旅の中で色々見てきて多少は成長してる筈だし、途中で立ち寄ったある世界では知らない人とも声を交わす事だってしたし。緊張しちゃうけど、大丈夫な筈だ……うん。一番の心配は、ちゃんとオレが説明できるかなってことだけど……まあこればっかりはその時にならないとわかんないんだから、心配しすぎるのは良くないのかもしれない。


　昨日の記憶共有で読み取った、兄貴の持ってた『記録』や『情報』を上手く活用すれば探すのは問題ない。オレは翼をひろげてメルンテーゼの空に舞い上がった。今日もよく晴れてる。空を飛ぶにはちょうどいい天気だった。






　そうして、どれぐらい探して回っただろう。生体反応を元に飛んでいたオレは、オオカミと紫色の鳥みたいなのを連れた黒尽くめの女の人を見つけた。確かえっと、兄貴の『記憶』が確かなら……『アルコル』って人だっけ。あのオオカミの『フレアサンダー』……んで、紫の鳥みたいなのが実はコカトリスの『ステファニー』。
　共有した感覚で知る他人のことは、図鑑で知らない生き物を知るみたいな、他人の体験を本を読んで追体験するみたいな……そういう感じに近いから、名前とかは頭に入ってるけどそれ以上は実感出来てない。だからオレはドキドキしながら声をかける。

　揃って振り返ってくるからびっくりして耳も尻尾も立っちゃった……しかもマジマジ皆してオレを頭の天辺から足の先っちょまで見てくるんだから……な、何なんだぜ。オレが何かしたっていうのぜ……？　ビクビクしてたら一人と一匹（って言えばいいのかな？　多分そう間違いじゃないよな？）は口を揃えて、見当違いなことを言い出した。

　一番まともなのがオオカミっての、どうなんだぜ……？
　思わず呆れちゃうオレに、オオカミが続けて声をかけてくる。

　少し瞳を細めて笑っていたらしいオオカミに、オレはこくりと頷いてみせる。
　ソコまで話してたなんてちょっと予想外だったけど、でもそうなら話は早い。

　鋭い、片目だけの眼差しがオレを真剣に見つめてくるのを見返した。
　真面目な眼だ。オオカミなのに、ニンゲンなんかよりも聡明に見えてしまうような……。

　オレは一度頷くと、覚悟を決めて話し始めた。




　兄貴は何でそこまでダメージを受けたのか、という事。

　今はそのダメージの回復のために深い眠りに在る、という事。

　その回復が何時終わるのかはわからない、という事。

　頷いて、オレは言葉を続ける。

　……オレはほっと息を吐く。
　握りしめて強張ってた手をそっと開きながら、本題を切り出した。

　次元竜の本体は精神体だ。
　肉体だけが傷ついても、痛いとか苦しいってのはあるけど……実はソコまでダメージはない。
　身体はその『世界』に合わせて次元竜が作り出す『器』みたいなものでしかないからだ。

　でも今回は違う。
　兄貴は精神も肉体も、両方に大きなダメージを負っている。
　生半可な方法じゃ直ぐに回復することを望むなんて難しい。



　でも救いは、無いわけじゃない。
　ひとつは、オレが同じ世界に居合わせたこと。
　もう一つは、この世界には『エンブリオ』って呼ばれてる生命エネルギーの豊富な存在が居ることだ。


　オレの身体には、兄貴の『翼』が移植されてる。これは厳密にはもうオレの身体の一部なんだけど、ちょっと変わってる事に次元竜的に言えば実はまだ兄貴の身体の一部でもある。次元竜は身体と精神が凄く密接な関わりがある生き物。その繋がりの強さは生半可じゃない。切り離された身体の一部にさえ、その精神は通ってるんだから。

　ずっと前に、翼のことを教えられた時に兄貴が言っていた言葉を思い出す。

　お前と俺との間には血の繋がりと同時に肉体や精神的な繋がりがあるから、それがもしかしたら良い感じに影響してるのかもな。そう言って笑っていたのを思い出す。もしもそれが本当なら、この『翼』を介して兄貴にオレが治癒に使う分のエネルギーを回してやれる筈だ。『エンブリオ』をオレが食べて『分解』してから、兄貴に流す……それは多分、不可能なんかじゃない。
　問題は、オレだけじゃエネルギー源を狩るためには力不足ってコトだけれど、それはこの兄貴の仲間達が手伝ってくれれば大丈夫だろう。


　ずっと前の事だ。
　まだ里に暮らしてた頃だ。同じ時間軸、同じ世界軸にいる兄貴と肉体の一部を同調させることで思考のやり取りや感覚の共有化……みたいな小技を、兄貴の発案で試したことはある。お互いに拒絶し合わず受け入れ合う事でようやっと実現できるそれと似て異なることを、兄貴の意識が眠ったままで出来るのかが一番の問題だけど。無意識にでも兄貴がオレを拒絶してたらこの方法は絶対に不可能なんだから。



　それを確かめることは少し恐ろしくて、オレは身を震わせる。
　でも、立ち止まってなんかいられないんだ。













　永く生きられるからって、寂しいのが平気な訳じゃない。


　オレにとって、兄貴はとーさんやかーさんの次に大切で。
　もしかしたらその二人よりある意味では身近な存在だから。


　こんな風に死んだみたいに寝てる姿なんて、必ず目を覚ますってわかってても見たくない。
　早く、目覚めてほしい。
　その為に出来ることがあるってんだったら、躊躇なんてしてらんない。




　こうやって、オレが頑張ることで目を覚ましてくれるって言うのなら……

今までに出会った、竜なのやら蛇なのやらというエンブリオや、その他の相手を思い返しながら呟く。

頷きながら、少し羨ましそうに。

クライの力ない様子に、やはりかえって重荷だったろうか、と思いつつ。

それはまるで根拠の無い言葉だが、だからこそ、と亜竜はその切っ掛けが友人に訪れることを願った。

落ち着かない様子で、くるくると髪の毛を指に巻きつける仕草をとる。

どんな事ができるのかと問われて、手荷物からアメジストを取り出す。

手にした宝石を軽く握ると、宝石から光が伸びて刃の形を取る。
誰もいない方角を向いて、ひゅんと一振り。
紫の波動が、振った先に飛んでいって消えた。

そういうと左手の薬指にはめてある指輪を見せる。
その指輪は赤く綺麗に輝いている。

何か考えているようだ。

小さいと、すぐにつつきたくなるらしい。

そこまで言ってから、なんだかちょっとだけ間が開いた。

***　***

↑スズメと契約しているノームのおじいさん。

***　***

それはジャムではなく、"ジャムる"である。

　

　

特段、言葉に侮蔑を込めた様子は無く……。
ただただ疑問を重ねる様に、首を傾げて見せている。

はたと、何かに気付いたように瞳が僅かに開き。
その口元をニヤリと緩ませながら、クライの姿を見据えた。

龍の姿に戻れないというほど深刻な話ではないがね、と付け加えて。

気落ちしたように言葉を漏らしたクライカリオスの表情に、緩く首を傾けた。

ひとつ、息を吐く。

体を大きく斜めに傾け背中を見やる。

クライから差し出された銃を慎重に受け取りしげしげとながめる。

一通り眺めた後、クライへと銃を渡す。

ちょっとうらやましそうである。

甘いものが好き、と聞いてテオが自分の荷物袋をごそごそと漁り始める。
そしてその中から小さな箱を一つ取り出し、あなたに向かって差し出す。

一方テオはヴォルフが騒いでるのも全く気に留めず呆れ声で、