心地良い水辺に再び集い、歩みを進める。
　女神の彫刻はひび割れ、天井もいくらか崩れてはいるが、それに荒んだ印象を感じない。
　王城周りは実に多種多様だが、ここは特に歩いていて楽しいと思う部類に入る。

「あっ、せんせー！　また蝶が居るよ！」
「花も水も豊富じゃからの」

　念願だった光のエンブリオを得たことも、あるのだろうか。いつもに増して機嫌の良い少年が、弾んだ声を挙げる。
　応える魔女も、水辺ゆえの居心地の良さか、声音が柔らかい。『足元も見るようにの』と付け加えるのも忘れなかったが。

「いい風が吹いていますね」
「蛇さんは、それで出てきてるの？」
「どうやらそのようです」

　少年の言葉通り、翼ある蛇が珍しく実体化し、しゅるりと流れる布のように、辺りを漂っている。
　くるくるとうろつき回る白虎に、時折合わせてやってすらいる。とても機嫌が良いらしい。

「出来ればこのまま、野宿まで散策気分で行きたいところじゃが」
「——そうもいかないようだ」

　いつものように寡黙に歩いていた少女が、無造作に斧の柄に触れる。
　それと同時に、手にしていた槍を、水の元素が震わせた。
　足元の白虎の目が凍えたように光る。同様に、他の三人も、契約したエンブリオ達も、既に体勢を整えていた。

「またあやつか」

　それまでと同じようでいて、しかしはっきりと攻性の元素を漂わせた魔女が、低く苦い声で呟いた。

「モズクだな。それに、水蛇か」
「み、見たことないのもいるよ？」

　まだ幼さの残る表情を引きつらせながらも、得物を構える様子には迷いがない。
　やや動揺しているように見えるのは、『モズク』に手ひどい歓迎を受けた記憶が原因だろう。自分も、必要がなければ思い出したくはなかった。海藻としては美味な部類に入ったのも、なんとも微妙な記憶だったので。

「……不味いのう」
「味付けが苦手でしたか？」
「おぬしも何というか……いや、それより。あちらの、蛇の前におる魔獣の話じゃ」

　あちら、と魔女が目で指した先に、獣とも魚ともつかない怪物が居た。
　鱗があるということは、水辺の生き物なのであろうが——よく見ると、ただの鱗のようには見えない。

「実は、鋼の怪物だったりは……しませんね」
「うーん、違うと思う。でも、すごく硬そうだね」
「噂には聞いておったがの。あの鱗は見た目どおり、武器が通りにくい」
「なんだと」

　少女が斧と共に剣呑な目をする。それだけで何かを砕けそうな気もしたが、この雰囲気で口には出せない。
　漂っていた元素を集めながら待っていると、溜息のような声で魔女は告げた。

「魔法も通りにくい」
「えっ」
「……そういう手合いですか」

　ただでさえ長期戦になりたくない相手に、頑丈な護衛が三匹もついてきた。
　その事実を認識し、逆行して、『不味い』の意味合いを理解する。
　出来ることをするしかない。それが絶対の事実ではあっても、溜息が出そうになる。

　ひとまず『モズク』に狙いを定め、効果的と思われる元素を編み上げる。
　ゆっくりと水辺の闇が蟠る脇を、長い髪が鋭く通り抜けた。
　そのまま、強烈な一打。砕き合うような、重い音がほぼ同時だった。

「まあ、つまるところ、ああいうことじゃな」
「不言実行ですね」

　面倒な相手。しかし負けられない。故に、積極的に殴る。今回の場合、早ければ早いほど望ましい。
　そのようなことは、少女にとっては自明の理なのだろう。溜息ひとつ分の時間で行動が出来る事が、率直に凄いと思う。

　思考を打ち切り、戦闘に埋没する。水と闇の元素が、いつも以上の速度で形成される。地平の果てからの、スレイプニルの嘶きが、いつしか今のここに重なり合っていく。牽かれる。急速に。

（手袋を着用する