ENo.37 トガノ

【第一回文章コミュイベント参加】

トガノ「狂い咲き桜ぁ？」

その話を持ってきたのは、エリィとかいう馬鹿女だった。

エリィ「そそ。なんかこの時期特定の場所でだけ咲く桜があるんだってさー」

エリィ「2人で見に行こうよ！」

トガノ「めんどくせぇ。お断りだ」

エリィ「えー。みんなで行ってもいいんだよ？」

トガノ「そーいう問題じゃねえっつーの」

大体、あの変人共がそんなもんに付き合うわけねーだろ。
あー…いや、柳の方は付いてくるかもしれねぇが。
つっても、あいつは盲目で歩く速さが遅い。めんどくせぇことに変わりはねえ。

エリィ「つまんないなー」

エリィ「狂い咲き桜っていうんだから、きっと前が見えないぐらい花びらがあるんだろうね」

桜……ってそういやぁ、どんな木だったっけか？
今までに植物の名前なんざ、一々意識してみたこともねーしな…。
ついでだから、エリィから桜の木について簡単に聞く。

トガノ「…はーん。なるほどな」

ここからどれ程離れていたかも分からない、今はもう海へと沈んだ島。
その島を追い出される直前に眺めた一本の木。
…あれが、桜の木って奴だったか。

そういやーあいつの服装は、あの色をもっとどぎつく趣味悪くした感じだったな。
ありゃーあれで、なんか意味があったのかもしれねぇが…。
ま、今気にしても仕方ねぇだろ。

エリィ「ねートガノー。行こうよー！」

エリィが俺の服を掴み、ゆさゆさと揺さぶる。
勝手に付いてくるわてめぇの要望を通そうとするわ、マジでウザってぇなこいつ…。

トガノ「だりぃって言ってんだろ」

エリィ「どーしても行ってくれないの？」

ったく、本当にしつけぇ奴だぜ。

トガノ「んなら…1つ俺の遊びに付き合え」

エリィ「遊び？どんな？」

トガノ「今考えるから少し待て。そうだな…」

まぁ相手がこいつじゃあやれることなんざ限られるだろうけどよ。
武器の類は多少使えるみたいだが、戦闘技術はからっきしみたいだしな。
とても普通の遊び相手にゃーなりゃしねえ。

トガノ「…競うか」

エリィ「ほぇ？」

辺りを見回し、適当な枯れ木にナイフをぶっ刺す。

トガノ「このナイフを先に引き抜いた奴の勝ちだ。お前が勝ったら桜を見に行ってやる」

エリィ「へー。ボクと速さで競うんだ？いいよ。やろっか♪」

なんだこいつ。妙に自信がありそうな顔をしやがる。
まーこの前の街での動きを見る限り、そういうのにゃあ自信があるのかもしれねぇな。

トガノ「この位置からスタートするぜ」

エリィ「はいはーい」

エリィがぴょんぴょんと軽快に俺の位置までやってくる。そして身構えた。

トガノ「いくぜ…3…2…1…」

エリィ「スタートぉ！」

エリィが派手に大地を蹴り上げ、俺の前に出た。
すぐ追い抜いてやる…と思ったら、砂で前が見えねーぞ。
仕方なく少しコースを逸れる。ま、すぐに追い抜けるだろ。
それなりには速ぇみたいだが、明らかに俺の速度の方が上だ。

エリィ「うー、速いなぁ…」

エリィが真横まで追い付いてきた俺の方を見る。
その直後、足で何かを踏ん付けた。

トガノ「あ？」

思いっきりバランスを崩して前のめりになり、失速する。
そのまま前転して姿勢を立て直すが、あいつはかなり前の方に出ちまった。

トガノ「テンポを上げるぜ…！」

脚に力を思いっきり込め、瞬間的に加速する。
ついでにナイフを懐から取り出した。

エリィ「よし、もう少し…！？」

トガノ「抉ってやる！」

手にしたナイフを木に向かって思い切りぶち込む。
が、エリィは刺さったナイフを下に引き抜くことで攻撃を回避しやがった…してやられたぜ。

エリィ「うわ〜…トガノ、容赦ないねぇ」

トガノ「おめー人のこと言えねぇだろ」

エリィ「まね。何にせよ、ボクの勝ち〜♪」

…ま、少しゃー頭が回るみてぇだな。
やっぱ、遊びはこういう全力でのぶつかり合いに限るぜ。

トガノ「…そんじゃ約束通り、桜を見に行ってやるよ」

エリィ「へへっ、やったね！」

エリィが腕を上げて喜ぶ。楽しい遠足が始まるとでも思ってんのか？

トガノ「そんじゃーな。ついてこいよ！」

全力でその場を立ち去る。エリィは多分、唖然としているんだろうな。

エリィ「えっ、ちょ」

エリィ「置いてくなバカー！」

すっかり辺りが暗くなった頃に、目的の場所へと着いた。
ここら一帯、妙に明るく見える木々があるが…これが狂い咲き桜か？
なんつーか、生き物みてぇに不気味に蠢いてる気がするぜ。

トガノ「…別に見るだけじゃ面白くもねーよなぁ、こんなモン」

おもむろにナイフを幹に突き立ててみる。
そこから仄かに赤い液体が流れ出てきた。

トガノ「…あん？」

いや、気のせいだったか。
その代わりなのかなんなのか知らねーが、桜の花びらをモロに浴びることになった。
つーかいくらなんでも多すぎだろこれ。周りが見えやしねえ。
降り注ぐ花びらを除けつつ、今度は幹に手を当ててみる。

沈んだあの島で俺が決めたこと。
『こずえ』とかいう得体の知れねぇ女を捜すことにしてみたあの日。
あの時と同じ感覚だ。

幹から手を離し、花びらに塗れない位置まで下がって座り込む。
…この木はいわゆる『綺麗』って奴に該当すんのか？
俺から見りゃー不気味でしかねぇぞ。こいつ。

エリィ「やーっと追いついたぁ！トガノ、置いてくなんてヒドイよ！」

エリィが息を切らせながらやってきた。
やっぱ、あんまり体力はなさそうだなこいつ。

トガノ「別に『一緒に行く』とは言わなかっただろ」

トガノ「俺ぁそろそろ帰るぞ」

エリィ「えーっ！まだダメ、ストップ！！」

まだ立ち上がってもいねぇってのに、俺の腕にひしっとしがみ付いてきやがる。
あー……だりぃ。

エリィ「桜といったらお花見っしょ！」

なんだ？お花見って。花ならもう充分見たぞ。
…とか考えてたら、エリィが荷物から弁当らしきモンを取り出してきた。

エリィ「桜を見ながら食事するのがお花見だよ！分かってる？」

エリィはそう言いながら、俺の足元にも弁当を置いてきた。
…こういうのは道中食いてぇモンだぜ。

トガノ「ああ、そーいうもんなのな」

エリィ「そそ。とにかく食べよ食べよ♪」

言われるままに弁当箱を開けてみる。
中は豪勢…ってほどでもねーが、まぁ場所を考えりゃー充分贅沢には値するモンなんだろう。

エリィ「それじゃ、いただきまーす！」

トガノ「…」

他にやることもねーし、弁当をもくもくと食べる。
まぁ味は悪くねぇな。

エリィ「ちょっとトガノー。いただきます、ぐらい言おうよ」

トガノ「あ？何の儀式だよそれ」

エリィは呆れたと言わんばかりの表情をし、頭に手を置く。
何となく聞いたことはある言葉だが、知らねーもんは知らねーんだからしょうがねぇだろ。

エリィ「いただきますは、食事の前の挨拶みたいなものだよ」

トガノ「あー挨拶の一種か。俺ぁそういうの詳しくねぇんだ」

俺がそう言うと、またエリィが呆れた表情を見せる。
ったく、一々ウザってぇ奴だぜ。

エリィ「…まぁいいや。これは『命をいただきます』っていうことなんだよ」

トガノ「命を？」

エリィ「そ。日々の糧に感謝しなきゃね♪」

エリィ曰く、両手を顔の前で合わせながらいう言葉なんだそうだ。
めんどくせぇ…が、こじらせる方がよっぽどめんどくせぇわな。

エリィ「それじゃ、いただきます！」

トガノ「いただきます」

エリィ「よっし！合格！」

何がだよ。

トガノ「なぁ」

エリィ「…名前で呼んでよ」

マジでめんどくせー。

トガノ「…エリィ、この『いただきます』ってのは戦闘時の挨拶にも使えんのか？」

エリィはポカーンとしてやがる。分からねぇってことか？

エリィ「うーん…どうだろ？確かにそういう風に使う人もいるみたいだけど…主流かどうかは分かんないよ」

トガノ「そーいうもんか」

んなら、使っても問題なさそうだな。
もぐもぐ…。しかし、どっからこんな材料集めたんだ？こいつ。
まぁこいつと出会ったのは街の近辺だ。出すモンさえ出しゃーどうにでもなんのかもしれねぇな。

トガノ「…金ならねーぞ」

エリィ「別にいらないよ。そんなことよりさぁ、トガノ」

エリィ「…あのださーい技の名前、何とかならないの？」

…多分、俺が戦闘中に叫ぶ内容のことを言ってるんだろう。
つーかそんなモン一々意識したこともねぇよ。

トガノ「どうでもいいだろ」

エリィ「むー。せめてさ、いくつかボクに名前考えさせてよ」

トガノ「あ？まー別にどうでもいいけどよ。好きにしろ」

エリィ「やった♪ちょっと待ってねー。すぐ考えるから…」

エリィが腕を組んで名前（？）を考え始める。
つーかこれ、そんな真剣に考えるようなことか？

エリィ「よしっ、これで決まり！じゃあこれがこれ、それがそれ、あれがあれね」

…………まるでままごとだな。
ま、こんなとこで飯食ってる時点で似たようなもんか。

エリィ「今度使ってるとこ、見せてね♪」

トガノ「へいへい…」

―――トガノは　『千本桜』　『死々舞』　『狂い桜吹雪』　を覚えた。