ENo.1775 ジル・フェン・イクス

今日は何か特別な日・・・女性が想いの相手にチョコレートを渡す日のようです。

「ついに…この日が来てしまったか。」
世界の終焉をその目で今見ているかのようにジルは独り呟いた。
そう、ヴァレンタインデイ。恋する乙女もしない乙女もなんだか華やいではしゃぐ日である。
過去何度か経験したジルとしては比較的楽しい催し物であった、戦果も上々だったし。
だが今の状況ではとても楽しむ余裕など無かった。寧ろ来てほしくなかったイベントだ。
何故なら…この日アンジニティでのルールは”乙女でなくても”愛と共にチョコレートを渡せるから。

無論ジルにお熱のネフィルが渡さないはずがない。想像しただけでげんなりした。

なんでこう、アンジニティは殺伐としている割にイベント豊富で痒い所に手が届くかんじで
気が利いているのか訳がわからない。理解したくないし考えても無駄だ。
今は迫る危機に対して策を講じなければならない。歯噛みしながらジルは考える。
ネフィルの阿呆はこの手のイベントに詳しくはないが知ってしまえばきっと手を出すに違いない。
となるとまずしなければならないのはお喋りのマリアを確保して今日一日余計な情報をネフィルに
与えないことが第一である。ここでリュートを死んでも離さないことを誓う。

次にこのイベントでのルールを抜粋する。
”ただし誰かにチョコを渡すと、チョコの受け取りは全て拒否します。”
これだ、この一文が救いとなる。つまりジルが先んじて誰かにチョコを渡してしまえばいいのだ。
そうすればルールに則って拒否することが出来るのだ！やったね、ジルちゃん！
ネフィル以外に貰えるはずは無いが、もし誰かから贈られた場合とても残念なコトになる、
が背に腹は代えられない。それほどまでにネフィルから受け取るのが嫌だからだ。

そうと決まれば次はチョコの確保をせねばならない。
出来れば一人で行動したほうが都合がいいのだがどうせネフィルに念押ししてついてくるなといっても
彼はジルのためならどんなところにでもついて回り現れるストーカーなので諦めたほうがいいのかも知れない。
仮にジルがついてくるなと言った後に現れて邪魔をするようなら、その時こそ堂々と相手を責められる。
となるとネフィルも迂闊なことは出来ないだろう。イベントを知られてしまうのは面倒だが
最終目的として奴の贈るものを受け取らなければいいのだ。

というわけでさっさと一人とリュート一つで出かけた。案の定ネフィルの気配がする。うざったいが無視。
出かけた先には手頃な冒険者、イベントのために用意したのかチョコレートを手にしている。
タイミングが良すぎる気がするがイベントなので仕方ない、何も問題はない。
にこやかに相手に近づき、油断を誘い、隙が生じたら牙を剥く。
何度もやってきた手管でジルは相手を打ち倒す。その様子を一部始終見ていたマリアは後にこう言った。

「なんていうの？あそこまで鬼気迫る表情のジルって見たことなかったかも、
　すごい迫力っていうかチョコ奪えなきゃ死ぬみたいな感じだったし。」

いつも襲ってくる相手にもそのぐらい頑張ればいいのにねぇ、と呆れた声音でそう語る。
無事相手からチョコを奪えたジルは次の手に移る。
この世界には何処からでもつながる不思議な大樹があるのだ、その大樹の木漏れ日に集った者同士
取引をすることが出来る、誰がはじめたか知らないが面白い仕組みである。
そこで事前に渡す先を募った所一人名乗りでてくれたものがいた。
羽を持っているのは苦々しいけれど見目麗しい素敵なお嬢さんだったのでジルはかなり満足していた。
やはりこういう催し物に女性は欠かせないなとか勝手なことを思いながら。
さて、チョコを手に入れた後は彼女あてに配送のまじないをかけてしまえば終わりだ。
ここで一応周囲を確認する、先程相手にした冒険者以外は気配がない。
どうやらネフィルが邪魔することは無さそうだ。ほっと胸を撫で下ろしてからチョコを贈り出す。
任務完了、胸に忌々しい思いと呪詛を抱えながらジルは笑顔でこう思った。

死ね！バレンタインデー！常人とはちょっと違う意味で！