ENo.143 サクラリッジ・バロックヒート

ゾンビ討伐。

それが今回こなすことになった依頼だ。
エスタの北、オルゼとのちょうど中間の地点に在る館に、それらは蠢いている。
いかにもといった感のある、崖の上に建つ寂れた館。
どういった建物だったのかは、わからない。

今までの放送の中で最も暴力的でグロテスクな絵面になるだろう。
これが夏期ならば更にマッチしていたのかもしれないが。

Zombie
生きる死体、動く死体、蘇った死体。

もう動かないはずのそれを駆動せしめるシステムは様々だ。
呪術、ウイルス、ナノマシン
カビの生えたような伝承、それをモチーフに開発された病毒
結果としてそのような機能へと至ってしまった技術
原理が何であれ、それによって動く死体は総じてゾンビと呼称される。
なんとも乱暴な話だが、ゾンビという名称がいかに人々の間に定着しているかという事なのだろうか。
拭えない恐怖と嫌悪を伴って。

セルフォリーフのそれがどういうものなのかはまだわかっていない。
恐らく、呪術や死霊術等の所謂魔法に属するものなのだろうが
更に暴走の要因となるものが加わっていることは間違いないだろう。

錆び付いた蝶番の音。
軋む。引きずる。溢れる。呻く。
館から溢れる、ゾンビの群れ。
酷い悪臭が場に立ちこめる。
肉が腐り、体液が腐り、糞尿が腐り、それら全てがごた混ぜになった腐敗臭。
息もしたくないほどの濃厚な悪臭に、嘔吐く。
事前の打ち合わせ通り、5人は散開して迎え撃つ。
この依頼を引き受けたことに後悔しながら。
今は、一刻も早くこの酷い状況を終わらせるしかなかった。

「ちっ、確かに数が多いなこいつァ……！」
サクラリッジの駆るシキミ零式の足下にゾンビたちが群がる。
鋭く冷たい爪で引き裂き、殴り飛ばし距離を作る。
腐った身体がぐずぐずにひしゃげる。腐汁が散る。眼球が溢れる。
それでもなにも気にした様子もなく前進を続けるゾンビ達。
彼らには痛みも無く、恐れも無く、何も無い。
虚無の果て。

対リンクス用電磁ブレードを引き抜く。くの字に曲がった幅広の凶刃。
高磁圧を放つ巨大な刃が閃く毎にゾンビの形が大きく失われていく。
唸りを上げ、宙を裂きその進路にある全てを斬り裂いていくブレード。
擬似的な電磁レールによる加速とMGFによる重力・慣性制御が
投射された凶刃に獰猛さと主人への従順さを与えている。

「ったく、生ゴミがいつまでもしつっけぇンだよッ！とっととくたばりやがれ！」
肩口から斜めにその先が消え、首が飛び、上半身が失われ、下半身も縦に両断された。
腐った皮膚を、筋肉を、骨を容易く溶断するブレード。
傷口を焼くため腐汁は散らないが、死体を焼く痛烈に嫌な臭いが悪臭に加わっていた。
時間を追う毎にゾンビの数は確実に減っていった。

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もう動かない、腐った死体の山に火を放つ。
そのまま放っておいては新たなゾンビの発生を引き起こす可能性がある故の処置だ。
灰となり、土に還り、ようやく彼らは強いられた隷属から解放されたのだろうか。

燃え盛る火の中で崩れ消えていくそれをサクラは無表情に眺めていた。

動いている死体。
四肢を失い、心が死に瀕していた自分。

機械の四肢を取り付けられ、周囲に生かされていた自分はアレとどう違うのだろうか？
たいした差があるようにも思えない。
或は、あのまま心が死んで腐っていったならば。
それでも、生きていただろうか。
光も見出せずに、あの薄汚く暗い街角でいつか野垂れ死ぬまで無意味に、無感動に。

作り物の手足も、何度も取り替えていった。
B・Cの製品から、軍用品に。
身体の成長に合わせて。戦闘もこなせるように。
より機能の良いものを。
より精度の高いものを。
より、戦闘力の高いものを。
そうして、それを使いこなしていく。性能を引き出し、引き上げていく。
カタバミに世話になるようになってからはデータ取りの為の新作・試作品も回ってくる。
機体と、義肢と。合わせてデータの取れるあたしは、テストパイロットとして都合が良かったのだ。
フリーランスのつもりだが、気がつけばカタバミの色に染められて抜け出せそうもない。

身体の機械化も、今以上に進めるだろう。
生業上、残りのパーツも無事でいられる可能性は高くない。
人から、機械へ近付いていく。

心は無く、魂も無く、駆動する朽ちた肉体と
肉を捨て、機械に置き換え、生き延びたあたしは

どこまで、あたしはあたしでいられるのか。
どこまで、機械に置き換えられるのか。
いつか、ただの機械になってしまうのか。
その、境界線は───

「……なーんて、ぐだぐだ考えてても意味無ぇわな。しょうもねぇ。」
つまらない、過ぎ去った過去の感傷。
それはもう、二人で乗り越えてきたものだから。
そして、これから乗り越えていくものだろう。

冷たい風が火の粉を舞い上げ、暮れはじめた橙の空へと運んでいく。
荼毘の火に背を向け、サクラは歩き出した。