ENo.1305 ジンとニック

「どっっひゃー！！覚えてやがれーッ！！」

一目散に逃げていく野盗の一行。

ジン「フン。捻りのない捨て台詞だな。」

しかしこれで奴等も少しは大人しくなるだろう。
尤も、これで依頼を達成したかと言えば疑問だが。

ニック「さすがアニキっすね、お疲れっした!!」

闘いを終えてこちらに向かって来る奴に対し、私は――

ニック「ってちょっ、まさか…へぶしッ!?」

容赦ない蹴りの一撃を見舞った。

ニック「うぅ…アニキぃ…何で…。」

ジン「この大馬鹿者がッ!!此処が何処か言ってみろ!!」

ニック「あ〜、エスタの街でやす…。」

辺りを見回せば、以前見たことがあるような古風な建物が多く目につく。
そう、私達が今いるのはエスタの街である。

ジン「そう、エスタだ！では、何故此処に来ることになったかも当然覚えているだろうな!?」

ニック「そ、それは…」

ジン「それは？」

ニック「アッシがヘマをしてぶっとび装置を起動させちまったからでやす！」

ジン「その通りだ！野盗共も巻き込まれてエスタに飛ばされたから良かったものの、一歩間違えば数日の行程が無駄足となるところだったと分かっているのか？今後は気をつけろ！」

ニック「へーい…」

ジン「何だ、そのふざけた返事は？」

ニック「…へ、へいッ!!以降気をつけやす!!」

全くコイツは…

ジン「まぁ、一応は依頼をこなしたからな。次の依頼を請ける。出発は明日だ。それまでの時間は好きにして構わん。私は先に宿をとっておく。」

ニック「え？もう宿屋でやすか？」

ジン「ああ。どこかの馬鹿者がいきなりエスタへの転送装置を起動させた所為で体を酷く打ち付けたものでな。」

ニック「はゥッ!?」

ジン「フン。明日は遅れるな。」

言葉につまる奴に背を向け私は宿に向かって歩き出した。

〜セルフォリーフ　エスタ　宿屋〜

受付で渡された鍵で部屋の扉を開け、荷物をおろす。
疲れと打ち身で思いのほか限界がきていたらしい。
一先ず鍵を閉めなおすとそのままベッドへと倒れこんだ。

せめて汗を流さねばと思いつつも、体は正直で全く動けない。
仰向けになり、片手で両の目を覆う。

今回の依頼は精神的にも疲れた。あの様な輩を相手にするのは今回だけにしたいものだ。
あの馬鹿馬鹿しさは奴に通じるところがある。
奴一人だけでも相手をするのが面倒なのに、似た者が複数もいてはたまらない。類は何とやら、だ。

何としてでも捕縛し警邏へ突き出せば良かったかもしれない。
…私としたことがぬかったな、何故そうしなかったのだろう。今更後悔しても後の祭りだが。

そういえば、私と奴が出会った時も確か――

それは私が元の世界で旅をしていた頃。

名目上は各地で見聞を広めるための遍歴、しかしてその実態はあの男への復讐のための旅の途中――ある山道をさしかかった時、奴は現れた。

ニック「おっと兄さん、ここから先は通行止めでやす。先に進みたきゃ…分かりやすよね？」

どうやら賊のようだが、しかしその科白は実に三下だなというどうでも良いことが思い浮かぶ。だが、奴はまだ明確に脅迫もしていないし、武器に手をかけてすらいない。
流石にまだ何もしていないのにこちらから仕掛けるわけにもいかない。
そこで私は奴に問いかけた。

ジン「分からんな。ここを通過するのにパスでも必要なのか？」

勿論パスなど必要な筈がない。
奴も苦虫を噛み潰した様な顔になる。

ニック「へっ？パス？…あー、いやいや、そうじゃねぇって!!この状況でそんな頓珍漢な事言うなんてアンタ相当の世間知らずっすか…あぁもぅこれだから箱入りはッ!!」

ジン「冗談に決まっているだろう。ここを通るのにパスが必要など聞いた事もない。そんな事も分からんとは貴様は馬鹿か？」

ニック「はぁ!?こっちが穏便に済ましてやろうってぇのに調子乗りやがってッ!!どうやら痛い目をみねぇと分かんねぇみてえでやすね！」

そうして奴が逆上し、得物に手をかけこちらへ向けたところで――

ジン「…ふむ。これは立派な脅迫だな。ならばこちらも容赦はせん!!」

一気に奴の懐に飛び込み、勢いよく得物を持った手を蹴り上げる。

ニック「んなッ!?こ、コイツ!!」

私のいきなりの行動に対応しきれず、まんまと得物を弾き飛ばされた奴は驚愕の表情を浮かべる。
その隙を見逃すほど愚かではない。
勢いを殺さずに大きく一歩踏みこむと、奴の鳩尾に拳を叩き込む。

続けて、反動で後ろに吹き飛び仰向けに倒れた奴の上に馬乗りになって眉間に魔銃を突きつける。
随分とあっけない幕切れだ。

ジン「さて。何か言い残す事はあるか？」

そのままの体勢で奴に問いかける。
しかし、反応は無い。

――いや…コイツ、嗤っているのか…？

ジン「…何故嗤う？」

再度問いかけると、今度は答えが返ってきた。

ニック「へへっ…アンタ、見た感じイイトコの坊ちゃん、それも多分貴族でやすよね？アッシはつくづく貴族に縁があるって思っただけでさぁ。…ま、碌でもねぇ縁でやすが。」

ジン「…どういう意味だ？」

妙に気にかかり、思わず聞いてみる。
奴はポツリ、ポツリと語りだした。

ニック「…アッシは元々此処からちょっとばかし離れた小さな村で育ちやした。都会からも離れてっから田舎も田舎でやしたけど、のどかでそりゃあ良いトコだったんすよ。空気もきれいだから貴族サマ、それも十二氏族直系のお方の別荘なんてのもありやしたねぇ。ま、アッシはその姿を見たことはなかったんでやすけど。」

ジン「……。」

待て。
何か――何かが――
それに此処から近いというと…

ニック「でもある日…アッシがお袋から珍しく隣村への用事を頼まれた日でやした。用事を終えて隣村から帰ってみると…そこは地獄でやした。」

ジン「…!!」

ニック「ヒデェ有様でやしたよ。建物にはそこら中から火の手が上がってやしたし、村の皆は、アッシの家族ももう…」

――間違いない。
其処は――そしてコイツは――

ニック「アッシは怖くなってそのまま村から逃げたんでやすが…後になって聞きゃあ、何でもウェルシュ家とかって貴族サマの仕業だっていうじゃねぇでやすか。何でも、隣の国と奴等とグルになって村を襲ったとか。」

違う、それは――

ニック「アッシはその後孤児院に引き取られて…そこの人達はアッシにも優しくしてくれたんでやすけど、この孤児院ってのが経営がうまくいってねぇらしくて。何とかしたくて、だからこうしてアッシの人生をメチャメチャにしやがった貴族と同じ金持ちを襲って金を集めようとしたんすけど…あーあ、やっぱ悪いことはするもんじゃねぇっすね、へへっ…。」

そういって奴は再び嗤った。
その顔が見ていられなくて――私は銃口を下げると奴の上から降りた。

私の突然の行動に奴は呆気にとられ、

ニック「は？アンタ何を…」

と呟く。
私はそれには答えず、右手に嵌めていた指輪を外した。

ジン「これを貴様にやろう。魔力付与のものであるから売ればそれなりの額にはなる筈だ。孤児院がどの程度の規模かは知らんが少なくとも5年くらいは遊んで暮らせる額にはなるだろう。」

ニック「ごっ!?え、アンタ、一体何で…」

ジン「但し、一つ条件がある。私の復讐に協力しろ。」

ニック「ふ、復讐ってそんな…」

ジン「これは貴様にも関係がある話だ。先程貴様が言っていた話…あれには裏がある。あの事件の首謀者はウェルシュ家ではない。事件の黒幕は――十二氏族の一つ、カムイ家だ。」

予期せぬ私の言葉に動揺したのか、奴が息を呑む。

ジン「私もカムイ家現当主には借りがあってな。貴様にとっても敵討ちだ。孤児院の援助にもなるし悪い話ではあるまい。…どうする？」

まるで悪魔の様な取引だ。
だが、実のところ私にとってこの取引は半分冗談であった。
あの男を始末する役目を譲る気はない。
だがもう半分は――

ジン「いや、やはりやめておこう。この指輪は貴様にやる。貴様の今までの所業にはとやかく言わずに目を瞑ろう。この話はこれで終いだ。孤児院に帰るんだな。」

ニック「…待って下せぇ。その話、アッシにも手伝わせて下せぇ!!」

私が取引をやめようとした時、それまで黙っていた奴がそう切り出した。

ジン「私は指輪はやる、と言った。この取引にどう応じようともだ。それでも貴様は私に協力すると？やはり貴様もカムイ家に復讐したいのか？」

そう聞くと、奴は戸惑いながらもこう答えた。

ニック「…正直分かりやせん。アッシ自身、復讐がしてぇのかどうかも。でも、アンタはアッシを見逃す上に助けてくれる、っていう。ならアッシもその恩義には応えてぇんでやす！」

真剣な眼をして言い切る奴に私は暫し返す言葉が見つからなかった。

ジン「…好きにしろ。」

ニック「じゃあこれからヨロシクお願いしやすね！アッシはニック・ファミリアと言いやす！」

ジン「…ジン、と呼べ。」

ニック「分かりやした、ジンのアニキ！」

ジン「…何だそれは。私は貴様の『兄』ではない。そもそも…」

ニック「それはいわゆる義兄弟ってヤツでやす！アニキも好きにしろって言ってくれたじゃねぇでやすか！」

ジン「…フン、勝手にしろッ!!」

それが私の復讐の旅に供ができた瞬間だった。
（メッセ欄のつぶやきに続く）