ENo.1267 陽雛・ヘリオライト

＊ちょっとしたこと＊

「おい、そこの！」
「ひっ！？」

ひびなは、同行者の一人に声をかけた。
同系統の種族でもある、トトである。
（獣部分の比率に差異はあるが…。）

「……（イラッ」

ひびなは声をかけただけで怯える様子のトトに苛つく。

ひびなは、態度からも明らかだが、トトのことが苦手だ。
嫌いというか、嫌悪と言ってもいい。
詳細はさておき、ひびなの出身の集落は、誰かに仕えるべき人材の輩出を主としている。
理念としては、『主には絶対服従』『主以外に尻尾を振るべからず』『主に危害を加えるものは許してならない』などなど。
簡単に言えば有能な番犬を育成するものだ。
その集落出身の彼女らには、番犬としての誇りが染み付いている。
逆に言えば、そういった誇りを汚す者の存在を認められないということである。

トトに対する感情も、そういったものであった。
同じ犬科獣人として、同種として、全く違う性質の彼女を許せない。
誰にでも媚び諂う、卑屈な態度が非常に気に障るのだ。

とはいえ、パーティを組んでから多少時間が経っている。
少しは慣れてきたようで、怒りを抑えながらも彼女は話を続けた。
（額にたった青筋は隠せていないが）

「せんじつおまえにつくってもらったこのはきものだが……」

ひびなはなにやら自分が下半身にまとっている衣服を指差した。
スパッツである。

「あ、はい、……どうしたんですか？」
「ああ、どうしてもというから　はいてはみたんだが…　どうもしっくりこない」

そしてひびなは、その場でスパッツを脱ぐと、それをトトに差し出した。

「だから、すまないが　かえそうとおもってな」

スパッツを脱いでしまった今、ひびなは股間を覆う衣服は何もつけていない。
デフォルトスタイルである。

「で、でも……まるみえなのは……はいたほうが……」

一方、そんなひびなを困った顔で見ているトトは、ひびなが差し出しているものと同様のスパッツをはいている。
その点においては、トトのほうが幾分常識的といえるだろうか。

「しかし、うっとおしくないのか？おまえは。こんなからだにぴったりとはりつくもの……きもちわるくてかなわない」
「あうう…すみませんごめんなさい……」
「……（イラッ」

萎縮して謝るだけのトトに、再度ひびなは苛つきを見せた。

「カタナ、刀、うふふ…へぶっ」

そんな中、空気を読まずひびなの刀を食らいにかかるエペ。
ひびなももはや習慣のように、エペを叩き落した。

「あっ、痛い、傷い……♪」

叩き落されながらも嬉しそうなエペであった。
いつものことなので、ひびなは視線も向けずにそれを捨て置いた。

「で、でも、ぼうぐだから……つけておいたほうが……」

嫌悪のまなざしを向けられながらも、精一杯の自己主張を見せるトトであった。
彼女は彼女なりに、仲間のことを心配している。はずだ。

「だが……わたしにはきゅうくつで、ぎゃくにうごきづらくなる。ぼうぎょよりもかいひしたほうがこうりつてきだ」

と、そこへ。

「あ〜、ひびなちゃんまた脱いでるですの〜？自分から見せにいくなんて、とんだめすいぬですの〜♪」
「めすいぬー？」

当パーティのにぎやかし担当、エシャロットとイグニがやってきた。

「うるさい！もうめすいぬよばわりはやめろ！」
「え〜でも……めすいぬはめすいぬですの」
「めすいぬー！めすいぬー！」
「ええい、やめろー！」

いつものようなやり取りだ。

「で、何をしていたんですの？ひびなちゃんが自慢のめすいぬスポットを同じめすいぬであるところのトトちゃんに見せ付けていたんですの？」
「……そのひょうげんはよくわからないが……このぼうぐが、いまひとつあわなかったので、かえそうとしていたところだったんだ」

そう言って、手に持ったスパッツを示した。
と、そこで何かに気づいたように、

「ああ、そういえば……べつにわたしがつかわなきゃならないということでも、ないな」

一瞬思案する様子を見せ、そして言った。

「エシャロット、これ、おまえがつかうか？」
「ひびなちゃんの使用済ぬぎたてスパッツですの！？」

聞くや否や、エシャロットが目をキラキラさせて大声を上げた。

「すばらしいですの〜♪めすいぬの使用済みスパッツだなんて、響きだけで心が躍りますの〜♪」
「……えっと？エシャロット…？わっ？！」

そしてエシャロットは、素早くひびなの手からスパッツを奪った。

「めすいぬ直履きスパッツですの！レアですの！くんくんすーはー……めすいぬのにおいがしますの〜♪しかもまだあったかい……既製品ではこの感覚は味わえないですの……マニア垂涎この上ないですの〜！」
「えしゃー、なにいってるの？」

エシャロットはスパッツに顔をうずめるようにし、そのオヤジ性を存分に発揮していた。
いや、オヤジというのは生ぬるい。ド変態この上なかった。

「……じぶんからつかえといったてまえだが……なんだかいいきぶんがしない……」
「ひっ……」

それをジト目で見つめるひびなと、なぜか怯えるトトであった。

＊

「ところで……おまえはたしか、めすいぬだったか？」

「ひびなだ。なにかようか、コヨートル」

「はかないことにはわれもさんせいなのだ。でも、なんでまるだしにしてるのだ？」
「確かにそうですの。めすいぬはめすいぬだからめすいぬらしくしてるんだと思ってたけれど、戦いには向いていないはずですの？」

「ああ、それはわたしたちのむらのでんとうだな」

「でんとー？」

「このガントレットやブーツみたいなぼうぐはともかく、このふくぶぶんはでんとういしょうだ。みなこういったものをきている。うごきやすい」

「ガントレット…ブーツ……たべたい」
「でもでもっ……ちゃんとまえをあわせないのはなんで……？」

「わたしもでんとうで　つたえきいてるだけなのだが……かつてせんぞがおこなっていたことがげんいんらしい」

「せんぞが…？」
「下半身を丸出しにするってことは……めすいぬらしいことですの？」

「めすいぬらしいってどういうことだ……いや、なまえしかつたわってないのだが……『まーきんぐ』というものらしい」

「まー…」
「きんぐ……」

「どうやらせんぞにとってはじゅうようなことだったらしくてな。このふくはそれをしやすいようにできているらしい。いまなってはそれをするものももういないが、でんとうは……って、どうした、おまえら」

「……あ、あの、そういうことはあまりいわないほうがいいと…」
「ん？どういうことなのだ？」
「やっぱりひびなちゃんはめすいぬですの！古くから伝わる伝統のめすいぬの称号を与えますの！」
「でんとーのめすいぬー！」

「いったいなんだっていうんだー！！」

今日も彼女らは平和であった。