ENo.1267 陽雛・ヘリオライト

＊あるじってどんなひと？＊

「ところでひびなちゃん〜」

エシャロットがひびなに声をかけた。

「……」

一方、呼ばれているひびなは答えない。
耳が小さくぴくぴく動いているので、聞こえている様子はあるのだが。

「ひびなちゃーん！おーい、ひ〜び〜な〜ちゃ〜ん？」
「…………」

未だ返答をしないひびな。これだけ大声で連呼しているのに反応しないあたり、どうやら意図的に無視をしているようだ。

「……？」

エシャロットは少し眉をひそめた後、再度口を開いた。

「めすいｎ」
「なんだ？」

それを遮るように、やっとひびなが返事をした。
先ほどまでとは違う、神速の反応である。

「めすいぬって呼んだ瞬間に反応がよくなったですの。やっぱり”めすいぬ”って呼んだほうがしっくり来るですの？」
「誰がそんなことを言ったー！？」
「めすいぬー！」

常にエシャロットのそばを漂っているイグニが楽しそうに叫ぶ。
意味がわかっていないだけに、何の頓着もなくそんなワードを大声で口走れるのだ。
ひびな赤面。

「おまえのあいてはつかれるから…あまりしゃべりたくない」
「もーひびなちゃんはつれないですの〜。でも、必要なときには的確なツッコミをしてくれるいいめすいぬだって、あたしわかってるですの！」
「どんなにんしきだ！？」
「ほら、そういうのですの〜！さすがひびなちゃんですの！」

今日もひびなのツッコミが冴え渡る。
ツッコミというかひびなは単純に思ったとおりの反論をしているだけだけれど。

「……で、なんなんだ？わたしをばかにしたかったからよびとめただけか？」
「そんなことはないですの〜。ちょっと聞きたいことがあったんですの」
「…聞きたいこと？」

ひびなは怪訝そうに眉をひそめた。

「ひびなちゃんのあるじって、どんな人だったんですの？」

周知のように、ひびなは主の命に従い、アンジニティにやってきた。
家出をした主の娘を探すということである。
（その娘がいる場所が実はセルフォリーフだとは、彼女には知る由もないのだが）

「あるじか……」

ひびなは、あるじと口に出しただけで、幸せそうな笑顔を見せた。

「あるじは……すばらしいかただ。わたしなどがつかえるなんて、もったいないくらいに」

はるか遠くにいる主に思いをはせるように、遠い目をしてひびなは言う。

「えはー、ひびなちゃんがトロ顔ですの…」
「とろー？」

ひびなの表情の急変に、エシャロットもさすがに少しだけヒいた。

「今、いま…剣、刀…♪へぶっ」

ひびなのスキをついて刀を食らおうとしたエペが叩き落された。
トロ顔中とはいえ、油断はしないひびなだ。

「ひ、ひびなさんの…ごしゅじんさまは、いいひとだったんですね…」

一緒に話を聞いていたトトもトトで、何か思うところがあったようだ。
細かく震えている様子を見るに、嫌な思い出でもあるのだろうか。

「ああ…あるじは、こんなわたしにもいろいろときをつかい、せわをしてくれる。こんかいのことも、わたしをしんらいしてこそ、まかせてくれたにちがいない」

ひびなはキラキラした表情のまま、うれしそうに話している。

「そればかりか、わたしのしゅぎょうのために、いろいろなばしょへはけんしてくれる。つらいこともおおかったが…あるじのため、あるじのきたいにこたえるためとかんがえれば、そのていどどうということはないんだ」

「……」

話を聞いていた面々は、なんとなく不穏な空気を感じた。
明らかに、自分に都合のいいような解釈、そして盲信が感じられる。

「あるじはすばらしいかただ……おせわするのはわたしのほうなのに、よるなどはときどき……ふふふ」

きゃー、と乙女のような仕草を見せるひびなだ。
すっかり自分の世界に入ってしまっている。

それを見たエシャロットは、何かを思いついたようにひびなに手を伸ばした。
先ほどよりも自分の世界に没入していたひびなは、今度は自分に近づく魔手に気づかない。

「……なでなで、ですの」

そしてエシャロットは、半ば剥き出しになっているひびなのお尻を、さわっと撫でた。

「きゃいんっ！？」

撫でられるや否や、ひびなはそれこそ犬のような声を上げて、びくんっと体を跳ねさせた。
そして脱力したようにその場にへたりこむ。

「……ひびなちゃん〜？」
「めすいぬー？」

ひびなはお尻を突き出したような体勢でへたり込んでいる。
そして蕩けたような甘い声で、しかし顔を屈辱にゆがませるようにしながら、

「あ、あるじぃ…あ、あるじいがいに、こんな…　でも、ひ、ひびなはくっしませんっ…」
「えいっ」
「きゃあぁんっ！？」

再度撫でられ、太腿を擦り合わせながらひびなはまた体を跳ねさせた。

「…………」
「……？」
「……こいつは、逃れようもないめすいぬですの……ひびなちゃんをこうまでした主さんは、相当なアレだったようですの…」

＊

「そういえばですの」
「なんだ？」
「前言ってた探してるって主さんの娘ちゃん」
「ああ」
「妖精って言ってましたの？」
「そうだ」
「じゃあ、主さんも妖精さんですの？」
「いや、あるじはにんげんだ」
「……？じゃあどうして娘ちゃんが妖精さんですの？」
「ああ、あるじのおくさまが、ようせいなんだ。おじょうさまには、ようせいのほうのちがこくでたようだな」
「……人間と妖精の夫婦ですの？」
「そうだ。それがどうかしたか？」
「……なかなかのヤツですの……あたしもイグニちゃんとがんばるですの…！」
「……？」