世界はずっと、閉ざされた侭だった。
視界に光が飛び込んで来ることはなかった。
探れども探れども周囲は沈黙に満ちていて煩かった。
風の匂いや水の匂い、どころか、生き物の匂いさえ、ぼくらは追うことが出来なかった。

代わりに"気配"をとがらせることで追いかけ続けて幾日が過ぎただろう。
やはりぼくらは。
その力さえも、だんだんと失っていくようだった。
水に浸かっている時間は、此れまでを逆回しにしていくように伸びていく。
鞭を打っても脚が前に進まなくなるまで、それほどは要さなかった。
倒れ、起き上がる力を失ってしまえばそれからは更に早かった。
踏んばろうと試みることは、先ほどまでは出来た。
けれども今は、もう試みることすらできなくなってしまったらしい。
意識だけが宙を掻いた。
この侭ではいけない。と、思うのは、念じるのは、頭と心だけ。
水中を掻くことさえももう侭ならない四肢は、念じれど、願えど動かなかった。
身体の全体が重い。
横たえているだけで、自重を苦痛に感じるほどに。

フョードルに声を掛けられて、放出を止めてしまったときに残った余りが尽きようとしているのかな、と思う。
‥こういう状態であっても、不思議と頭は働くものだ。
いや、こういう状態であるから働くのだろうな。
ついこ先ほどまでぼくらがそうしていたように、他が使えないとなると、残りの使える処に余力は回される。

約束を、思い出す。‥守れそうにない事を思う。
生憎まだ、これだけ思考が鮮明であるのならそうすぐさま死ぬことはないだろう。
どれくらいを思考に寄せればいいだろうか。
約束‥。

‥‥。



——聞こえなかったはずの耳が音を拾った事に気が付いたのは、暫くしてからだった。


声が聞こえる。
聞き慣れた、けれども切羽詰まった——あの時に近い声。
‥フョードル。
何故、フョードルが此処にいるんだろう。
‥いや、それよりも。
どうして、いまぼくらは音を拾えているんだろう？
——先ほどまで遮断されていた感覚に情報が飛び込んでくる。
代わりに、思考か混濁しているのが判った。


聞きなれた音。それは判る。
けれども耳は、聞き覚えのないヒトの足音を。鼻は、知らぬ香りを確実に運んできていた。
——傍らで、声を絞り何かをしているフョードルに、動く気配はない。
瞳は——開けられない。開くだけの、余力がない。


フョードル。だめだよ。後ろを。
——後ろを見て、フョードル。


念じても。
動かない舌と開く気配のない口は、ほんとうに、ほんとうに微かに動かすのが精いっぱいだった。


——回復した耳が、まったく音になるようなものは出せていない事を、明瞭に、冷酷に、伝えていた。





それから、暫くしてからのことだ。
雨が、降り注いだ。

微かに、囁くような声。けれど、酷く掠れたそれはとても言葉足りえず、くぐもった響きだけを残して消えた。

首を巡らせる。何度も、何度も、何度も。
それでも探し物を見つけられない竜は、やがて身を翻して駆け去っていった。
探し物を捜しに、探し物から遠ざかっていった。