——白青、銀眸はまだ倒れた侭だ。

苦痛にうめきこそすれ、起きる気配は見せない。
そもそも起きるかどうかもわからない。

頻に足を運んでは見るものの、フョードルにも普段の調子は微塵も感じられないことが静寂に拍車をかける。
声をかければ反応する。
問いを投げれば答える。
精々、それくらいしかかえってこない。

——生みなおしたとはいえ、エンブリオは所詮エンブリオだ。
契約者の生命力によってその力は行使される。
生命力が落ちていれば、力は置いておくとしても思考などに差し障りが出てもおかしくはない。
外部から見る分には、とても不安定な状態に見える。
強く結ばれていた絆。
今は何かの拍子に切れてしまっても不自然ではないだろう。
それくらいに薄らいでいるような儚さを感じる。

——‥‥。

寧ろ、今、ここで。
この絆は切れてしまった方が、お互いの為に好ましい結果が待っているのではないだろうか。
エンブリオがエンブリオである以上は、生命力の摩耗は免れない。
となれば——

——出過ぎた考えだ。
どの道、その選択はぼくらの範疇にはない。
彼らがどうするかなんてこれからどうとでもなるだろうし、どうにでもなってしまうだろう。
——マァムブの対応についても同じ事が言えるか。

「‥‥」

また来るよ、というのも憚られて。
いつぞやは異形と化し、今はしずかに沈むエンブリオにもう一度だけ視線を投げて、部屋をあとにした。


——外を見れば、雪が降っている。


もう冬も深くなったものだ。
この間は海を眺め、秋の実りを楽しんでいたというのに。
少し道を逸れて空を見上げてみれば、見渡す限りに、曇天の空。
厚い雪雲に阻まれて、暖かな日差しは届かない。
今の身体でなければ、吐く息は白く濁っただろうか。
雪の載らなかった外殻も、そんなありさまだ。
踏みしめると、薄氷の割れる音がぴしりと響いた。

歩みを進めてみれば、——また違う部屋にぶつかる。
これまでは入ることを許されなかった、先ほどの部屋とは違う。
ある意味、今まで一番懇意にしたヒトが"いた"部屋。
‥林檎は、今日は置かれた侭のようだ。甘い香りが、鼻を衝いた。

「‥いない、か。‥」

独り言を落として、部屋に入る。
此れまでと何一つ変わらない"身体"が待ち受ける部屋。
声を掛けても、鼻先を寄せても。
開かれた侭の瞳はぼくを映すことはないらしい。

他の者と居合わせたときにも、その反応の希薄は全く変わらなかった。
"ある"けれど、"いない"。
漠然とだけれど、そんな印象を抱いて久しい。
帰ってくることはあるのだろうか。
——わからない。

わからないけれど、少し乾いた林檎をぼくは拾い上げる。
代わりに持ってきていた新しいものを置いて、ぼくは部屋を去った。
そろそろ、林檎のみを手に入れるのは難しくなってきた。
返される義理がないものを返しているだけだから、他の果物では都合が悪いのだけれど。
どうしたものかな。

また来るよ、の言葉は今度も飲み込んだ。
再び外を望んでみれば、いくらかの風を伴い、雪はその足を速めていた。
もう今日は外出は出来ないかな。
やれやれ、と息を落とす。まあ、出来ないで困るようなこともないのだけれど。
今の身体で、この気候で出歩いているとややもすれば、凍り付いてしまう懸念もあるし。


——しかし。
それからまたいくらか歩いてからのことだ。

——先ほどまで"父親"のそばに佇んでいたエンブリオが、ふらふらとマァムブの外へと向かっているのを目に留め。
そしてその先に、"イース"が知り、言葉を交わしたヒトが居るのに気が付いたのは。

おそるおそる、といった様子で首輪に震える手を這わす。

冗談めいて答える。

　クロエはイースの問いかけに少し考えながら

　クロエはまた少し考えながら

　　　　　　　　　　幻妖な光を放つ木の葉の裏側から、覗きこんでるあなたはだぁれ？

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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