一揆勢は、一枚岩では無い。

王に怒り、打倒せんと奮起する者。
ただ自らの欲の為だけに城へ侵攻する者。
王の遣わした密偵、王へ内通する者。
一揆勢も王の手先も変わりなく斬り捨てる無法者。
そしてその無法者を陰ながら支援する、羊の皮を被った暗躍者。

様々な思いが行き違い、統制の取れぬ一揆勢はもはやただの暴徒と化していた。

その暴徒の中の無法者である我々は、暗躍者である"口無 紅鞠"の手引きにより、"妖精の森"へと侵攻する。

余所者を森へ侵入させまいと、巣を守る蜂の如く妖精達が襲ってきたが、
何故かやる気に溢れた"口無 紅鞠"の奮戦もあり、難なく捻り潰してやった、
当初いつか出会した不死身の妖精の仲間かと思ったが、そうでは無いようだった。

妖精達の強力な魔法攻撃は魔法耐性の無い骸の身体には些か堪えたようだが、
それでも羽虫共は、狂骨の暴走を止める事は出来なかった。

妖精達が消え、何処か満ち足りた表情の"口無 紅鞠"が去った後の森は薄暗く、
不気味なほど静かで、良い隠れ蓑になるはずだった。

私が辺りを見渡していると小さな鳴き声を上げて黒猫が戻ってきた、
口に緑色の石を咥えている、翡翠だろうか。


追い追われる賞金首の立場として、様々なエリアのルートを開拓するのは重要な事である、
そういった意味では、我々に付いてくるこの小さな黒猫の活躍はとても重要だった、
この黒猫は、きまぐれに姿を消しては独自の侵攻ルートを携えて戻ってくる、
どうやら姿を消している間、"裏ギルド"の面々と密かに連携を取っているようだ。

下手をすれば支援者と一触即発になりかねない狂骨、関係が悪化しているカノヤ、未だ腹の読めないハーカ、と
裏ギルドとの連携に不安が残る人員しかいない今、黒猫の存在は思ったより大きな物となっている。

「狂骨。」

私は後ろで、もぞもぞと何かを弄りまわしている骸に声を掛けた、
暫くここで体勢を立て直そう、と。

未だ、彼を操作する力が戻っていなかった、だから無駄だとしても声を掛けるしかない、
とにかく、彼から私に送られる怨みのエネルギーが強すぎるのだ、
水車が、水車自体が沈む程の水量では上手く回らないように、私の体は深刻な機能不全に陥っている。

当の狂骨は思考や動作こそ以前より狂った物になっているが、
以前の彼が抱いていてしまった、"怨みを買う事"引いては"人を殺す事"に抵抗が無くなったようだ、
全ての原因である"呪い"は、未だ機能しているはずなのだが。

元の"人斬り狂骨"に戻った事は喜ばしい事だが、忌々しい事に、彼に付けた"首輪"は外れてしまったのだ、

首輪の外れた狂犬程、手に余るものは無い。

「狂骨。」

動きも、返答も無いので、もう一度彼の名を呼ぶ。

今度はからり、と反応して


ゆっくりと振り返る


その顔には




真っ赤な飛沫が散っていた。

「なんだ、それは。どうした。」

「う ひ ひ ひ う ひ ひ ひ ひ ひ ひ」

答えない。

狂骨はけらけらと笑って、また背を向けた。

私は近づいて、隙間だらけの肋骨から、彼が何をしているのか覗き見た。

そこには、切り株の中央に固定された、一匹の妖精がいた。


先ほど撃退した妖精の中の一匹だ、青紫色の輝きを放つ、チャロアイトフェアリー。

しかし、その美しい容姿は既に、真赤に汚されていた。


棒のような細い腕は、上にあげた状態で、肘上の辺りを鉄の釘で串刺しにされ、
華奢な身体は胸から下腹まで縦に切り裂かれていた、
裂かれた皮肉は左右に開かれ、これまた釘で固定されている。

「これは。」

思わず狂骨の前に出てまじまじと見つめる。

解剖された蛙のような格好で、妖精はヒュウヒュウとか細い息を立てていた。

開かれた身体からは大小様々内臓が顔を覗かせている、
白い堅牢な肋骨に守られた、美しい赤と桃色だらけのそれは、まるで紅玉の宝石箱のようである。

綺麗な桃色をした肺に、薄桃色で、下腹にみっちり詰まったしわくちゃな腸、
赤黒い肝臓は静かに収まっている中、小指の先ほどしか無い心臓はどくりどくり生命の音を奏でている。

「あ ァ ア　ぁぁ カア い　　ぃ イ ィ 林 ン ン 檎オ　ぉに イ ぃ ぃ ぃ　　イ」

狂骨は掠れた声で歌と思わしき声を出すと、妖精の腹に指を突き入れた。

内臓をまさぐられる感覚はどう言った物か、少なくとも気持ちの良い感覚では無いのだろう、
妖精は顔を引きつらせて身体を捩らせた。

「く ぅ チびイィ　　い　ぃる よ オ せ　　エ て エ え ェェ」

狂骨の白い指が芋虫のようにのたうち、妖精の腸をずるずると掻き出していく、
掻き出された腸はどろりと切り株の上に広がり、生々しい臭気を放つ。

その悍ましい光景を妖精は、凍りついた表情で見つめていた。

「だア ァ まァ　　っ テ ェ み イ　　テ ェ エ い　　ィ　るゥ あァ　お オォ　い そ ォ ら あ ぁ」

歌い骸骨は、腸を粗方体外に掻き出すと、次は心臓を守る胸骨に指を掛けた、
びくりと震える妖精を余所に、狂骨は肝臓と胸骨の間に指を潜り込ませ、

一気に指を持ち上げた。

ぼきり　音がして、胸骨が真二つになる。

「ギャアァァァァァァァァァ」

今まで一声も発しなかった妖精が凄まじい叫び声をあげる、脚をばたつかせ、苦痛から逃れようと必死にもがく、
狂骨は構わず、息を付かせぬ勢いで残りの胸骨と、周りの肋骨をぼきりぼきりと折っていった、

骨が折れるたびに妖精は泡を吹き、叫び声を上げる、
常人ならばとうに気絶してもおかしくないほどの苦痛であろうが、妖精は痛みや衝撃に耐性があるのだろうか、
その小さな身体で全ての苦痛をまともに受け続けるばかり。

「林　ン　檎　　オ ぉ は な ン　にィ も 言ィわ　無ァ い 　け ェれ ド」

肺や心臓を守る骨を全て折り千切った狂骨は、その骨をばらばらと切り株の上に撒くと、指で内臓を撫で始めた。

上から順に、肺を、蠢く心臓を、肝臓を、そして、小さな小さな胃に触れた時、
それを、二つの指でもってぐしゃりと潰した。

「ゲボォッ!!!」

勢い良く逆流した胃液と内容物、そして結構な量の血が妖精の口から噴き出した、
血と胃液の臭いに混じって、微かに花蜜の匂いが漂った

「リ いィ　ぃぃぃ　ンン ン檎 ォ の 気 持チ イぃ　は　ぁ ああ ア 良オォ くわ アか ァァル う」

妖精は、口から出るものが嘔吐物から血反吐に変わっても尚耐え難い嘔吐感に襲われ続けている、
当然だ、胃を潰されたのだから。

蛇口の栓を捻ったように、口から、鼻から、逆流した血が噴き出す、
妖精は仰向けに固定されているが故に上手く血反吐を吐き出せずに溺れる。

自由に動かせる頭と手首と脚を懸命に動かしてもがくも血反吐の海からは逃れられない、
妖精は溺れる、溺れて、沈んでいく、意識がずぶずぶと沈んでいく。

死。

それはもはや、妖精にとっては幸せな事なのかもしれない。

しかし、まともな思考が出来なくなっても、尚、"狂骨は狂骨であった"

苦しみ、死に沈んでいく妖精を一頻り眺めた後、狂骨は妖精の細い脚を掴まえて、

一気に手前へ引っ張った。

瞬間、切り株と妖精を繋いでいた鉄の釘は、
切れ味の鈍い、残酷なナイフとなった。

「!!!」

皮肉がぶじぶじと音をたてて引きちぎれ、血と、僅かな脂肪が弾け飛び、
両腕は肘の上から手のひらまで真っ二つに裂けた。

死に飲まれかけていた妖精の意識は一気に浮かび上がり、覚醒する、地獄の痛みと引き換えに。

妖精は口に溜まった物を全て吐き出し、それから両の腕を見た。

「ウワアア゛ア゛ア゛ウデガァァウデガア゛ア゛ア゛」

もはや二度と機能しない腕を見て、そしてその腕の痛みでまた、絶叫する。

暫く絶叫していた妖精だったが、やがて、自らを拘束する物が無くなった事に気づくと、
逃げ出そうとうつ伏せになってもがき始めた。

二つに裂かれ、ぶらぶら揺れるばかりで力の入らぬ"四つ腕"で生に縋り付こうとする妖精に、

無慈悲にも骨の右手が叩き付けられた。

蝿でも潰すかのように振り下ろした右手を、狂骨は妖精諸共手前に引き摺る。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

剥き出しの内臓に、ささくれだった切り株と、強い摩擦が襲いかかる、
潰れ、擦り切れ、突き刺されて、忽ち出血し、
切り株には内臓の欠片が混じった真っ赤な線が、真っ直ぐに引かれた。

切り株の淵まで引き摺られた所で、妖精は持ち上げられた、
狂骨の赤く染まった手の中で、くるりとひっくり返された妖精の身体は酷い物となっていた。

内臓の殆どが削り取られ、または損失し、もはやどれもまともに機能している物等存在しない、
かろうじて生の鼓動を続けている心臓もまた、剃り削られた事で穴が空き、
全身に送るはずの血液をただ垂れ流している。

妖精は、狂骨の手の中、白目を向き、弱々しく痙攣しているのみである。

「林 檎 お　ォ　かわァ　ア ぁ い　ィいや 可 愛や　　林 ン 檎オ ぉ　ぉお」

死を待つばかりの妖精を、狂骨は口に運んだ、脚から入れて、奥に、奥にと押し込む。

「コッ...コッ...コォ...シテ...ハヤ....コロ....シテ....」

崩れた表情、崩れた身体で囀る妖精の声を、ようやく聞き入れたか、
狂骨の歯が、無骨な断頭台のような歯が、妖精の頭に鈍く突き立てられる、そして。



一気に噛み砕いた。



幾つかの小さな脳片が飛び散る。


狂骨は、隙間だらけの口からぼろぼろと"欠片"を零しながら、ぽりぽりと"骨の音"を奏でながら咀嚼している。

また一つ、私に怨念の力が宿った。


「狂骨……暫くはここで…。」

頃合を見計らって私は彼に言葉を切り出す、
それは無視、と言う返答で返された、狂骨は咀嚼しながら私の横を素通りした。

「狂骨ッ…！今動くのはまずいッ…！」

声を荒らげる、すると狂骨の頭がぐるりと回った。

「だ ア　　れ　が　 不 味 い　のカ？」

赤目が私を捉える、血と泥が混じったような赤黒い色が私の光を吸い込んでいく。

「何だと。」

たじろぐ。

狼の吠え声に竦む小動物のように私は固まった。

誰が不味いのか、不味いのは私だ、狂骨では無い。

私は、狂犬を首輪の無いまま暴れさせたくはない、だからこそ。

「ひ　ヒ　ヒ　ヒ　ヒ　ヒ くゥ ロオ まルウゥ」

狂骨が吐き出す、私の名を、そして口の中の物も。

「そ　れ ハ オ ま え だ 」

地面に吐き出された、粉々になった妖精だった物を指差して、狂骨は言った。

「そレ　は　　オレ だ」

地面に吐き出された、粉々になった妖精だった物を指差して、狂骨は言った。

「俺 と　お 前 だ 」

真っ直ぐ私を見つめて、狂骨は言った。

「ヒ ヒ ヒ　う ひ ヒ ヒ ひ ひ う ヒ ャ あ ひ ゃ ひ ゃ ひ ゃ ひ ゃ ひ ゃ ひ ゃ」

げらげらと不気味に笑って、彼は森の外へと歩み始めた、
止まる気は無いのだろう。


私は、地に転がった肉塊を照らす。

「………どう言う事だ。」








「どう言う意味だ、狂骨。」


肉塊の中で、青紫色の髪が恨めしく揺れていた。