打ち勝った敵を赦せ。それが彼らへの感謝となるだろう。

　カマック殿の様子が気がかりだ。
　いつも掴もうとすれば霧散してしまいそうな氣を身にまとっているが、
　いつにもましてぼんやりとしているように思える。

　あの二人と得物を交わしてからだろうか？
　それ以前に？
　早くに気を配っておくべきだったな。

　次に合流する時は、もっと注意深く観察しておこう。
　そのためにもどうか、無事で居てくれ。
　心強い守護者が居る以上、私の祈りは杞憂に過ぎないけどさ。
　
　……なんて他人の心配ばかりしていると、自分の足元も掬われてしまうかな。
　他者と話している内に、自分を省みる機会も多くなってきた気がする。
　それだけ余裕が出てきたということかもしれない。

　他にもわからないことは依然として多い。
　あの二人組もそう、胡散臭い男もそう。
　それから王のことも、エンブリオの力も。

　考える事そのものに囚われすぎていても、どんどん億劫になるのは承知だ。
　推測を積み重ねても答えにはならない。
　今は先に進もう。

　何事か指先を動かした。自分から漏れ出る魔力が干渉することを警戒し、魔封じを施す。
　そこまでしてから手を伸ばし、そっとナスルの頬を撫でた。慎重に皮膚とヒビを撫で、その裂け目を真剣に眺めている。

　ナスルのどこか美しく遠いものを見るような目に身動ぎする。
　こういった下心のない賞賛には弱いらしい。

　コノエが何もかも承知というように小刀を差し出す。アラトの掌に収まるほど小さな、しかし刀身はどこまでも鋭いもの。
　ナスルによく見えるようにアラトは左手を持ち上げ、右手に小刀を持ち。
　その刃先を人差し指へと押し付けた。

　コノエが己の左手を広げナスルの方へ差し出した。人差し指の腹から鮮血が溢れ、しかし一瞬で塞がっていく。
　文字通り身代わりとなっているのだ。その証に、刃を引いたアラトの指先には何の痕跡もなかった。

　ナスルの喜びようをみて少しだけ切なそうな顔をした。
　民を飢えさせるのは罪である。そう再確認するような、真剣な表情だ。

　溜息に悪戯っぽい微笑みを返した。

　ナスルの様子を楽しげに見守っている。
　何かしらの刺激を与えられただろうということに充足を感じているようだ。

　むしろ喋るもの、意思疎通できるものを平気で食用とするこの世界の人間こそ。
　恐ろしいものではなかろうか？　とナスルに渡したイモを見ながら考えている。

　婉曲に表現するナスルに慈愛の眼差しを向ける。
　そういう一種の潔癖さも占いには必要なのだろうと納得しているようだ。

　ジョーカーは空白、という言葉にふんふんと頷いている。
　その発想は今までなかったようだ。

　ふう、と息を吐く。それは笑いにも似た吐息。

　ナスルに貰った言葉たちを思い返すように、一瞬、遠くを見る。

ナスルの不思議な頬を充分に堪能すると、
最後に優しく揉み、手を離した。
座り直し、ナスルの顔を覗き込む。

ナスルの姉、きっと彼に似て 細面の線の細い美しいひとなのだろう。
そんなことを考えながら、煙管をカリリと、噛んだ。

何故か高らかに笑う。

笑顔で返事をした後、無意識にだろうか 唇を舐めた。
─よく見れば、唇に裂傷があるのが、わかるだろう…。

　指先でなぞる腕輪の表面は、艶やかで硬く、囁くようにひらめく。
　

こちらを振り返るナスルへ、そう言葉を返した少女であったが、
白髪の女性と黒髪の男性、それぞれを見ながら不可思議な感覚を得る。

二人を見た瞬間、少女の脳裏へと見えたひとつの風景、
そこには微笑む彼らともうひとりの姿があった。

しかし、その風景はすぐに霧散してしまい、すぐさま戦闘は始まった！

　ざわざわと耳鳴りのような音がする。
　音の方向はわからない。
　不意に、炎のような燃え立つ光が目前に顕れた。
　

そう言って少女は三人へと、頭を伏せた。

　その場を後にする二人を見て、
　ナスルはリラヴェルの手を取り駈け出した。
　

　乾いた地面を蹴り、
　物探しの様子で砂をかき分ける者の姿がある。