「夜目遠目笠の内って、星のことよね」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　———— 夢のある話




　兵舎ではなぜかゾンビが徘徊していたけれど私たちには関係ない。
　軽く屋根に上り、欄干代わりに洗濯紐の上に腰掛けて空を見上げた。

「星を食べに行ったこと、覚えてる？」

　落ちないようそっと翼で私を包むコノエにもたれ掛かる。コノエは一瞬だけ記憶を辿り、頷いた。
　さっき用意したばかりのカクテルを私に差し出しながら、確かめるように口にする。

「お菓子の世界でしたね。何もかも甘い場所だったと記憶しています」
「そうそう。お菓子の家どころか服も車も、星もお菓子だった」
「空がソーダで雲がアイスクリームでしたね」

　ソーダフロートの空を突っ切り、少し味見しながら大気圏……のような水飴の層を抜けて。
　触れるとほろほろ崩れるブラウニーとチョコクッキーで出来た宇宙を泳ぐ。
　どろどろに溶けたチョコレートの渦は多分ブラックホール。

「地上のものは大味だったのに、空に行くほど繊細な味になるのよね」
「星は金平糖で間違いないだろうと思わせるほどでした」
「あぁ、懐かしい……また暇な時に行きたいわ」

　カクテルに口付ける。凍らせてクラッシュしたジュレが淡い青色の炭酸と絡んで爽やかだ。
　小さな氷の塊を噛み砕く感触が涼しい。

「あれって、なんだったのかしらね」

　思い起こすのは星の味。星は星だけあって巨大で私とコノエが普通に立てるようなものだった。
　光るから恒星のはずなのに触れるし特に温度も感じない。熱くもないし冷たくもない。
　ブラウニーやクッキーの破片が散らばる表面を避けてブロック状に星を切り出す。

「触れると崩れて、炭酸のように弾け、後味は冷たく、爽やかな酸味を交えた甘さ」
「シャーベットとも違って……でもどこかで食べたような……」

　料理なら即模倣してみせるコノエがどうしても作れなかったあの『星』。
　多分お菓子なのは間違いないのに正体はわからずじまい、と。
　図らずも二人で目を閉じてあの味を再生する。初めから終わりまで順に、そして息をついた瞬間。

「——ラムネ」

　その言葉は確かな手応えをもって私たちの胸に収まった。
　液体のほうではなく固めた方のあれ。それを極限まで料理として高めれば……？

「次のレシピは決まりました」
「期待してるわ」

　長年の胸のつかえが下りた。それだけで今夜に意味はあったのだ。

　　　　穴に向けてぽいっちょぽいっちょ。
　　　　スライム→掃除機→10フィート棒。

　　　　どぷん。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。