バラバラに崩れた骨を繋ぎ直しながら、黒丸は"思い"に耽る。

装備の質も、素の力量も、勝っていたはずだ、場数も踏んでいる、負けの見えない戦闘だった、


それなのに、


負けた。


狩りの獲物に、返り討ちに遭った。

黒い光がゆらゆら揺らぐ、口惜しさに、揺れる。

あの気障な男の内に有ったハズの大きな"思い"、それに寄り添う奇怪なエンブリオ。

口に出来ればどんな味がしたのだろうか、どれほどの力になったのだろうか。

口惜しい、もう既に彼等の姿は見えない、
暫くは彼等と相見える事は無いだろう、絶好の機会を逃してしまった。


ただ、一つ。たった一つの大きな誤算。
それが全てを狂わせた。

"西条　鹿矢"

あの青い若者の存在が、行動が、大きな誤算となって敗戦を導いた。

若く、頼りない印象のある男だが、
弓矢による遠距離射撃と、彼の契約したエンブリオが持つ癒しの力は、
戦闘に於ける支援能力として非常に有用な物であり、それはあの狂骨ですら認めていた物であった。

その優秀な支援が、今回はまるで無かったのだ。

威圧射撃も、回復も無く、ただただ威嚇にもならない雨垂れのような矢をぽつりぽつりと放つだけだった。

如何に質で勝っていたとはいえ、回復支援が無ければ、泥濘に建てられた砦のような物である、
何度も何度も攻撃を受け続ければ、足元から徐々に崩れ、傾き倒れて敗北と言う名の泥に沈んで行く。

案の定我武者羅に突っ込み、集中砲火を浴びた狂骨は真っ先に泥の中へと沈んでいった。


"西条　鹿矢"

元々細い糸で繋がっていた男である、
狂骨とも、闘争とも、そしてこの世界とも。

その糸が簡単に千切れる事等容易く予見出来たはずだ、
つまり、この敗戦は自分の見通しの甘さが招いた事でもある。

しかし敗北は、嘆くためでは無く、学ぶ為にある。

今は糸が千切れた事を嘆くより、"何故千切れたのか"を解明する事が先決だ。
千切れたままでいるならまだ良いのだ、しかし、"千切れた糸が自分の首に括られるのは何としても避けたい"

"西条　鹿矢"

彼は優秀な人材であり、駒である。出来れば彼とはまだ繋がっておきたい。

しかし、いまいち考えが読めない、何故あの時、何故今になってあんな行動に移したのか、
ただの気まぐれなら良いが、何かの謀略に沿って動いているのなら悠長な事は言っていられない、ただでさえ敵は多いのだ。

とにかく、一度物理的にも心理的にも強く釘を刺しておくべきだろう、そこから見えてくる物は必ずあるはずだ、
場合によっては彼にも"首輪"を付けてしまっても良い、傀儡を二体操る余裕はある。


かたりかたりと音を立てて、繋ぎ終わった狂骨が立ち上がる、
右の赤目は前よりも随分濁っているように見えた。

「カノヤには感謝して欲しい物だな」

ため息混じりに一人独り言ちる。

狂骨が狂骨であったのなら、今頃彼は真っ二つだろうから。

吹き出す赫。広がる腐臭に息を呑む
血液とは違う、死体の一部とも思えるソレが眼窩へと突き立てた指に絡む
ゾ　ク　リ
指先から悪寒が走る。潰されていた喉が開き、咳き込むと同時に左手を振るって振り払う

今更になって実体化したミカーラが落ちていた紅月をエスヴィアに渡す

鎌の柄を杖に立ち上がるエスヴィアの言葉にミカーラは慌てながら、治癒魔術で彼女の体力を回復させる

狂骨の向かう先、刀と下半身が落ちている場所を見て
鎌を振るえば三日月状の風が起こり。下半身の一部を跳ね飛ばそうとする

焼け焦げた幌を揺らし、刀傷の残った馬車が逃げていく。
ガラガラと車輪の音が響く中、白い貌の男がただ一人、その場に残っていた。
あの鬱陶しいエンブリオは置いてきたのか服の下に仕舞ったのか、姿はない。

その言葉は狂骨に呼びかけているようであるが、応答を期待している様子はあまりなかった。

溜息を吐くように呟き、座長も狂骨と黒い光に背を向けた。
帽子の羽飾りを揺らすその姿が少しずつ、遠ざかっていく。