リナは、「弾き語りが出来るように」という理由でギターとピアノを嗜んでいるが、流石に、自分のためのボイストレーニングの伴奏を、自分でするわけにはいかない。楽器を演奏するのに適切な姿勢と、歌うのに適切な姿勢は違うからだ。
元の世界にいたときは父親が教師だったのだが、他の生徒も抱えている父は、リナのレッスンに付きっきりというわけにもいかない。
そのため、１人で簡単なボイストレーニングをする時用の伴奏の録音データを、リナは携帯出来る情報端末のようなものに入れて携帯していた。母親の実家に赴いたときも、大事になるとは思っていなかったが故に携帯しており…結果として、「否定の世界」や、ここ—メルンテーゼにも持ち込むことが出来ている。

　無論、特殊な機能のついていない携帯電子機器であれば、バッテリーが切れてしまえば終わりだ。
しかし、リナの出身世界では生まれながらに魔力を持つ人間が大まかにいって３割ほど存在している。当然、残り7割のために科学技術は発達したが、その科学技術は、「再現性のある事実の範囲において」魔法の存在を拒絶しなかった。
そうして生まれたのが、魔力によって生み出される雷や電気によって充電・使用出来る電子機器の数々である。リナの所有する情報端末も、そうした製品であった。

「んー…そろそろバッテリーやばいかしらね」

情報端末のバッテリー残量を確認したリナは、情報端末の裏面の小さな蓋を開け、そこに指先を当てる。
—瞬間、パチリ、と小さく弾ける音がした。

「よし、オッケー」

バッテリー残量が満タンになったのを確認して、小さな蓋を閉じる。
　大きな戦乱に巻き込まれることがほとんどなくなったリナの社会では、現在基本的な魔法として教わるのは、主にサバイバルに関わる火属性と水属性…そして、こういった電子機器の充電に役に立つ雷属性のものだ。
特に雷属性の魔法は、充電の際に制御を誤ると電子機器を破壊することがあるため、魔法の収束・制御を学ぶのに都合が良いとされている。

「そろそろ、ボイトレの伴奏ネタ増やさないとね…今度音楽室で練習するときに録音しときましょ」

　未熟な場合、モニターの存在しない練習は、変な癖をつけるリスクを抱えている。そのため、リナは複雑な練習は極力避けていた。
だが、以前のハロウィンパーティで、久々にステージ上で歌う経験をし…リナは、改めて思ったのだった。

（もっと、上を目指したい）
（そのためには、基礎の上に乗せる練習も、少しずつこなせるようにならないと）

情報端末上では、録音データを再生しながら、録音を重ねることも不可能ではない。
自分でモニタリングしながら、練習を進めていくことにしたのだ。

　そうこうしているうちに、探索の時間が近づいてくる。
リナは、情報端末の電源を一旦落とした。