「………ねえ」

探索の最中、リナはふとエンブリオ達に声をかける。
最初に反応したのは、ルシェーナだった。

「…何でしょうか？」

とりあえず、一人が反応したので続けていいと看做したらしい。リナは、続けて口を開く。

「…今この世界の王…パラダイス、っていう冗談みたいな名前なんだったかしら…がやってることって、下手すると「人道に対する罪」に当たるんじゃないの？」

リナの疑問を聞いた瞬間、エンブリオ達の表情が、動きが。揃って凍り付いた。

「…え…え？」

エンブリオの様子にリナが動揺する。気まずい沈黙を破ったのは、フロルだった。

「………何なんだい、そりゃ」

「………やっぱり、この世界には「人道に対する罪」って考え方、浸透してないの？」

噂に聞く限り、この世界の社会のシステムは、大枠では専制君主制のそれなのだろうという予測は、出来ないこともない。
…しかし、エンブリオ達の反応を見ていると…自分が理想とする地点の遠さに、リナが戸惑いを覚えるのも事実だった。

「………私は、人の社会に詳しくないので、あまり………」

エスカーラが、申し訳なさそうに萎れる。フロルも、

「あたしも、人間の話はちらっと漏れ聞く程度だけどさ…そんな言葉聞いたこともないよ」

と、難しい表情だ。
ルシェーナに至っては、顔を赤らめて無言でうつむいている。もっとも、「世界から否定されたものの流刑地」であるアンジニティ出身の彼女が知らないのも無理のあることではない。リナは、ルシェーナに

「…生まれた世界のことを恥ずかしがる必要はないわよ…あなたはあなたなんだから。
それに、知らなかったことそれ自体は悪いことじゃないんだし。

………まあ、これは皆に言えることなんだけど」

と言いながら、ルシェーナを優しく撫でる。そして、その顔をイーラに向けて

「…ちなみにイーラは？私と同じ世界の出身なら、聞いたことはなくもないと思うんだけど」

と問うと、イーラも少し…珍しく思案がちの表情をして、

「まあ、ボクはリナがようやく走り始めた頃から一緒にいるわけだし、言葉を聞いたことはあるよ？
でも意味はよく分かんなかったなぁ…「エルフの社会にはないような考え方が出来てるんだなぁ」って思ったくらい」

と答える。リナは、一つ息をつくと

「そうね…ざっくり言うと、権力を持った個人なり集団なりが、そうでない人達を「滅んでも良いや」って感じで殺したり、酷い目に遭わせたりすることよ」

と、本当にざっくりとした説明をする。比較的リナの嗜好の水準に近いところに居続けたイーラが、腕組みをして考えながら

「まだ、情報が足りないから何とも言えないけど…ここまで大規模な一揆に発展してるなら、当てはまってる可能性は結構高そうだね」

と言った。

「…あなたでも、自分の意見を言うことがあるんですね」

イーラがリナに干渉するのを嫌うことをよく知るルシェーナがぽそっと呟くと、

「他の皆には難しそうだから、とりあえずリナが考えてそうなことを否定しなかっただけだよ」

誰か意見言いたかったなら悪かったけど…と、涼しい顔である。
事実、「人道に対する罪」の意味を何となく察するのを超えて、多少なりでも当てはまるか否かを推測出来る程度に理解出来たのは、イーラだけだった。口を出せない他のエンブリオ達をひとまずおいて、イーラはリナの方に向き直る。

「…でさ、リナはどうしたいの？」

問われて、リナは考えるようにしながら自分の意見を述べた。

「…まずは、情報集めね。
多分、この世界には権力に歯止めをかけたり、王の横暴を裁いたり出来るような公的機関は存在してないと思うんだけど…念のため確認と…なかったときに新しく準備するために、根回ししておくべき先の検討ね」

「そっか、頑張れ♪」

イーラは、能天気に応援した。

　「人道に対する罪」や、「権力に歯止めをかける公的機関」…この世界に浸透させるのは困難なことだろうという推測までは出来ながら、イーラは何も言わなかった。
イーラにとっては、リナが自分の目標や意思のために苦労を背負うこと…そして、その目標を目指す様そのものが、好奇心の対象だったのだ。
リナの意見を追認する私見を述べたのは、おそらくイーラ以上に認識がおぼつかないだろう他のエンブリオ達が干渉すること…ルシェーナや、もしかするとフロルもその困難さを推定してやんわり制止にかかったかもしれない…を抑制する意図もあった。

（ボクは、たとえ成し遂げるのが危なくても、大変でも、リナの目標や意思を否定しない。せっかく「面白い」ことが起きようとしてるのを止めちゃったら、つまんないもん。
…代わりに、本当にやばそうなときだけは介入して助けてあげるんだけどね）