「ここは一旦逃げましょう…っ！」

踵を返し、目前の敵に背を向けてバタバタと走り出す。
暗く重たい地下牢の空気の中、つい先程通ってきた気がする、いくつものがらんどうの牢が脇を過ぎていった。



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「はー…。…良かった、追って来なくて」

その日の攻城戦の帰り道。
一日の出来事をぼんやりと思い返しながら、アマリアはタンポポ荘への道を歩いていた。

最近は護りの堅い敵や一度に多数の敵を相手にすることもあったが、順調に攻城を進めていた。
撤退したのも久しぶりだ。

——メルンテーゼに来た時よりは、強くなったと思う。
自分の能力はもちろんのこと、精神的にも…少しは。成長できていると信じたい。

…が。「まだまだだな」と、思った。
今回の攻城戦での敗退も。それに、タンポポ荘のことも——気付くことが、できなかった。

『…それに、仮に気が付いたとしても、わたしに何ができた…？』

暖かくなってきたと思うが、それでも陽が落ちると昼間よりも気温が下がる。
まだ冷たい風が、頬を掠めていく。

『何もできない時、どうにもならないことだって、世界中にはきっとたくさんある』

今までそういう事が無かった訳じゃない。わかっている、けれど。
もどかしい思いを抱えてただじっとしているより、何か行動を起こしたいと、思う。

『…その“何か”がわからないから、こうして悩んでるんだけど』


結界術を扱う者にとって大切なのは、どんな状況であろうと、術に集中を注ぐこと。


焦りや躊躇いが術者にあれば、壁は脆く、崩れやすくなってしまう。
だからそのような感情や雑念はできるだけ持たないように努めるべきだ、と父親から言われた言葉を、アマリアはふと思い出す。

『……こういう時だって、同じなはず。…冷静に、落ち着いて考えなきゃ』

以前は、「早く能力を一人前に使えるようになりたい」、「大切な人やものをちゃんと守れるように、強くなりたい」
と、焦っていた時期もあった。けれど今は、少し違う。

…いや、同じような思いは確かにあるが、そこまで焦る必要はないのではないか、と思えるようになってきた。

フロルマーシュ家で決められている“修行”には能力の向上だけでなく、人間的に成長させることも狙いの一つに入っている。
その事にはアマリアもなんとなく気付いていた。
この一揆への参加も含まれると言われたけれど、そもそもこれだけで充分だとは思っていないし、一揆が終わった後にだって修行は出来る。
まだ、時間はあるのだ。

別にそんな、大したことでなくたっていい。今の自分に、出来る事を。



…再び一陣の風が、服の裾をふわりと揺らす。
羽織っていたローブの前を、アマリアはきゅっと強く握り締めた。

（in兵舎。）

姉っぽくしているつもりだが、オオサカ国のオバチャンのようである

溜め息を吐くアマリアにくすりと笑って。

ふこふことアポルを撫でようと手を伸ばす。