石の軋む音。
入り交じる濃い獣臭。
獰猛な唸り声。
打ち鳴らす鋼の音。
蹂躙する蹄の音。


魔物達の暴走により地下牢は怒号と悲鳴の飛び交う混沌の坩堝と化していた。


キマイラ程度なら手こずりはするものの、なんとかいなせる。
ガーゴイル程度ならその堅さに時間はかかるが苦労するような相手ではない。
しかし


“穴馬”と呼ばれている魔物がいる。
その正体はわからない。
犬のような奇怪な生き物であったという報告もあれば
馬のような悪魔か地獄の眷属であると主張する者もいる。
闇から現れ、闇へと消えるためにその死体が残ることも少ない。
確かなのは尋常な現世の生き物ではない、ということぐらいだろう。

突如現れては狂ったような爆発的な突進力でその進路上に在るものを全て薙ぎ払い
その強靭な蹄で粉砕し、蹂躙の限りを尽くして去っていく。
中級にさしかかった辺りの冒険者や探索者の前に立ち塞がる強大な壁のひとつ。
順調にいくつかの冒険を重ねて慢心がその芽を覗かせた頃。
奴らは群れで現れて、嘲笑うように全てを踏みにじっていく。
そこで命を落とす者は数知れず、その洗礼を切り抜けた者達が
一端の冒険者や英雄へと成っていくのだ。


その“穴馬”が現れてしまった。
いつのまにか、すっかり周りを魔物に囲まれていた。
不吉な気配はあった。けれどそれがまさか奴らだとは思ってもいなかったのだ。
遊撃隊に緊張が走る。ただ１人を除いて。
調子づいて慢心しているイヨルだけがいつもの軽い調子だった。

「ったく……災難なこった、気合入れろやイヨルゥ！ 」

サイの怒号が地下牢に響く。
それが合図として、“穴馬”との戦いの火蓋は切られた。


手近なキマイラから片付けて数を減らそうと集中打を浴びせていたが
“穴馬”と比べると劣るだけで、キマイラもそう容易く葬れる程度の相手でもない。

鋼のような背筋が盛り上がり、邪気を撒き散らして“穴馬”が駆ける。
硬いものを壁に叩きつけたような重い重い破裂音。
リドレーがその両腕を“穴馬”へと鋭く叩き付ける。
苦悶に歪み、怒りに猛る“穴馬”。
リドレーの城塞のような堅牢さがその突進力をどうにか押さえ込んでいた。

だが、それもいつまでも保つものではない。
着実に、大きく、そのダメージは殺しきれずに身体に蓄積していった。
肌を伝う鮮血がぽたぽたと床へと零れ落ちる。




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鈍い音が響く。

最後に残されたガーゴイルが叩き潰され
ただの石片となり床に散らばった。
息をつく。


第一波は、どうにか凌ぎきった。
だが、第二波は。
ここに追い討ちをかけられて凌ぎきれるような体力は残っていない。


「ミチエの姐ちゃんよぉ、以前言った事ぁ覚えてるだろうな？」

交戦前に、ミチエへとサイが念を押すように問いかけていた。

「ああ。」

勿論、覚えていた。
己が護る相手と見捨てる相手の区別をつけろと。
サイはそう言っていたのだ。


いくつもの影が蠢く。
戦の気配と血の臭いを嗅ぎ付けてきたのだ。
このままではまた囲まれるだろう。
順に男たちを見回すと、ひとつの判断を下した。

「各自散開！ 私はジヴィーテ卿の保護に回る。
　イヨル！ 道はお前が選べ。この先で落ち合おう。死ぬなよ、貴様ら！」

命令を下すと背を向け、ミチエは駆け出した。
真鍮色の翼を広げ、魔物たちを振り切って、飛ぶように駆ける。


己が護るべき、主の元へと。

頬に手を当てて、首を横にぶんぶんと振り。

珍しく声を張るミチエに、驚いた表情を浮かべる。
それから、口元を繊月よりも薄く歪ませた。

声のトーンの変化については、あえて何も言わない。

胸の辺りをさするジェスチャー。