■Area：枯れた土地


黒い人影。

“ニンジャ”のようなその小娘が実際なんだったのかは不明。
捕らえて縛り上げて尋問してみてもろくな情報は得られず
ただの気のふれた自殺志願者ぐらいにしか思えなかったが
地下牢への隠し通路を吐かせられたのが唯一の収穫か。

地下牢。
今は使われていないはずの。
罪人ではないものたちが囚われている。

（薄暗がりの牢獄、か……。）


ミチエの肉体には一匹の悪魔が鎖に繋がれている。
ヴェルトロス　という名のその悪魔はミチエが死に瀕した際に
その損壊した身体を補う為に取り込まれ、呪いによって繋ぎ止められている。
手や脚を構成する物質は人間のそれではない。
人間のそれのように見せかけることは出来ても本質はまるで異なる。
表からは見えないが内臓の大半も、悪魔のものだ。
悪魔を鋳造して人間の形にして欠けた部位を支えている。

人間と悪魔の混ざり物。
ひとつのいれものに、ふたつのあるじ。
悪魔としては不本意な状態であり、どうにかして肉体の主導権を奪おうとしている。
主を唆し、出し抜こうとしている。それを力で押さえつけ、従わせている。
豊かな金髪は変質し、薄寒い色になってしまった。
容貌も人のそれとは外れてしまった。
子供達が怯えるから、という理由で前髪を伸ばして隠してはいるが
それがこの先も通せるかはわからない。

元は小さな使い魔を従えるだけの魔女だった。
無骨だが優しい亭主と、快活な幼い息子。
垣根を越える者に名を連ねてはいたが、その線引きは弁えていた。
しかし彼女は井戸を覗き込んでしまった。
深淵に踏み入れてしまった。
生と死の境を越えるばかりか混ぜこぜにしてしまった。
変わり果ててもリンテントポーゼの魔女として生きることを選んだから。
喪ったものはなにも戻らない。助けられはしない。
愛した者達の元へも逝けはしない。



溜息をつく。
カビ臭い地下牢の入り口を一瞥するとミチエは背を向けた。
この奥を探索するのは山での狩りの予定を済ませてからだった。
エンブリオの補強をしなくてはいけない。それも速やかに。

影から羽虫たちがふわりと羽撃たく。
因果の影より来るもの。境目をたゆたう非業の陰達。

小瓶が蓋を外され、床に置かれていた。
乾燥させたネクターの花びらを詰めたものだ。
そこに魔女の白い指先から血が数滴、滴り落ちていた。

血のにおいと、闇のにおいが入り交じる。
羽虫たちがざぁっと音を立てて貪る。
やがてミチエの肩に止まると、闇色の粉を散らし、消えていった。

首だけぐりんと、回り。

ブリッジに衝撃を受け、言葉を遮られ。

突付かれ、遮られ。

遮られ。

両手で肩を抱き、ぶるぶると寒がるジェスチャー。

ミチエの、ムゥに対する辛辣な評価を聞き、ククッ… と、笑いを漏らす。