大勢の敵に囲まれていた少女は、名を名乗る事もなく忘れてくださいと残して去っていきました。
とても危うい印象を残す少女でした。ぎりぎりのところで、なんとか踏みとどまっているような……
いえ、ここから進んでいけばまた道が交わる事もあるでしょう。その時相手がどうなっているのか、
それはぴおには分からないし、今の時点ではどうでも良い事でした。

　新しい力、スレイプニル。ぴおにとっては初めて、水辺以外で契約したエンブリオでした。
初めて……彼女が最初に契約したエンブリオ:ウンディーネも同じく、水辺で出会った存在。

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　元々、ぴおは水ととても親しく過ごす子供でした。生まれ育った村は少し東に進めば海、
川を遡って逆に進めば湖がありまして、その間の川で遊ぶのが通例だったのです。
体こそ小さいものの、同年代の中でも図抜けて泳ぐのが上手かったぴおは、ある時湖の底近くでそれと出会います。
「……？」
　何か居る、そう気付けたのは遊んでいた仲間内でもぴおだけでした。それ以前に、『何か』が見えたのはぴお一人だけ。
いくら言っても友達は誰も、ぴおが見た何かを信じる事すらありませんでした。
不可解な出来事にも関わらず、ぴおは遠ざかる事もなく何故か、足繁く湖に通う事になりました。
見えて、そして聞こえたのです。声なき悲恋の歌が。その何か、『水憂い』はただただ歌っていました。
透明な体を静かに揺らし、ぴお以外に誰にも届く事の無い悲しみ、辛さを、痛みを。音も無く伝わるそれらの感情は、
たまらなくぴおを惹きつけました。近寄ってはいけない、それは感覚で分かっていたので遠巻きに。
何度目の事だったでしょうか？　きっと、ひきずられすぎたのです。呼吸を忘れて、水底に沈んで、意識を手放しかけて。
初めてそれと接触しました。今にも溶けて消えてしまいそうな、儚さの塊と。

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　今はまだ、大丈夫。ただ、いずれ長い間水辺と離れるとなった時……

　答えを知るものは誰もいませんでした。ぴお自身ですら分からない事です、自分の中がどうなるのかは。

ぽんと手を叩き、荷物入れの中から何かを取り出す。
小さな飴玉のようで、それを抱えながらふよふよとゆっくり近づいて…ある程度の距離で、それを差し出した。

　
小川に冷やされてか、辺りの空気も涼しい。
からりと暑い夏空の下であれば、その心配も少しは減るのだろうが。

　

　
抗議されてしまった。本当に水をかけることはないと思っているのか、
掛けられてもそれを楽しむつもりか。女は笑っていた。

　

　

　
生きていること。それだけで素晴らしいこと。
その言葉は、女の胸にじわりと浸みていく。
も、水を口元に運んだぴおに、声を上げた。

　

水筒の中身を貰って一口二口早速頂きます。
飲み物の類は持ち合わせがなかったので助かります。

指さしたのは遠くに見える山々。
あの山のもっと奥かな？と付け加えますがあの方角は北でしょうか？

差し出される手から逃げることはなく、大人しく受け入れて。
目を閉じ、心地よさげにしている。耳の根元をくすぐられると
ぺたっと耳を寝かせて、安心している様子。

人それぞれといわれると、少しばつが悪そうな顔をして頭をさらに下げる。

そもそも龍は廃図書館は眠る場所としてしか使用しておらず、
彼女が食事しているところすら見たことがなかった。
時に月が美しい夜などは近隣の森の樹上や、岩屋などで眠る事すら珍しい事ではない。

食用に適する生き物も少なくないぞ。
売れば最低限の生活には困らない気がするが…

思わず声に出てしまう。
龍は少女をの身なりを凝視して、固まっている。
別段、戦闘技能を備えた様子には見えない。

龍の脳裏に浮かんでいたのは元いた世界での一揆のことだった。
地の有力者や、その護衛に行われていたのは略奪や収奪といっていいものであり、
目の前の少女にはそぐわないように思われた。
確かに当面の生活の糧に困っている様子がないではないが、
そのために手を血で染めることを厭わないような姿にも見えなかった。

ぐいぐい…

ぎゅむぎゅむ…

ふんスふんス！

↑おおきなお世話である

ぐいぐい…

↑まだやってる

追撃のぺちんにそう声をあげる魚

うねうねと動きながら

少し首をかしげ、ピオにそう問う。既に捌く準備はできているようだ