ルカは夢の中に居た。
　くすんだ青と、ぼんやりとした白い色をした夢の中を、ゆっくりと歩いている。

　歩くルカの前を、音も無く軽やかに、くすんだ青と、ぼんやりとした白色のウサギが跳ねていく。
　
　くすんだ青色の、静かな森。
　風に揺れる、白くて小さな花。
　
「レーヴ、」

　その呼び声に、ウサギ──正確には、ウサギに似た形の影のような、それ──が、耳を震わせ、振り返る。

「何だい、ルカ」

　ルカがレーヴと呼んだウサギの声が、頭の中に響く。届く。
　前からこんな聞こえ方をしたろうかと考えたが、答えは出てこなかった。
　耳で聞くのではなく、何か、内側の方から語りかけられるような。
　聞き慣れてしまったからよく分からないが、ルカはこの声を知っているような気がした。
　はじめは、知らない声だと思った筈だったし、何処で聞いたのかも、誰の声なのかも分からないのだが。

「力を取り戻したら、レーヴはどうなるんだ？」
「どうって？」
「……どうって、ほら、姿が変わったり、するのかなって」

　レーヴは、ルカがこの世界に迷い込み、この夢を初めて見たその夜、この夢の中で契約を交わしたエンブリオだ。
どういうわけか、いつからルカの夢の中に居て、何をどうしてかは分からないが力を失っているらしく、夢の中でしか実体を持つことが出来ない。
　失った力を取り戻す為、ルカと契約する際、力を貸す代わりに多くのエンブリオと契約を交わすことをルカと約束した。

「シズが言ってたんだ。 レーヴの今の姿は、仮の姿なんじゃないかって」
「……」

　ルカが他のエンブリオと契約を交わす時、そのエンブリオの力はレーヴに奪われてしまう。
契約すると同時に力を奪われたエンブリオは消滅する。 恐らくこれは、力を奪われたエンブリオの“死”を意味する。
奪った力はレーヴの力となり、そうして、約束は守られている。

「力を取り戻したら、元の姿に戻るんじゃないかって」
「……」
「……レーヴ？」

　黙ったまま返事が無いのに対し、ルカが首を傾ぐ。
数秒の間を挟んで、もう一度呼ぼうとしたルカの声を、レーヴが遮った。

「きみの幼馴染、エンブリオと契約したそうだね」

　仮の姿かどうかについては答えて返さず、ころりと話題を変えるように、そう。
姿については、聞かれたくないことなのだろうかと考えて、ルカはそっと、言を飲み込んでおく。

「確か──名前は“アンテ”だったかな」
「うん、……なんて種類のエンブリオか、オレ、知らないけど」
「ゴレムだよ」

　教えてもらえれば、素直に受け取った。
ルカの知っている、この世界についての知識の殆どはレーヴから教わったものばかりで、それでもまだ、殆ど知らないままだ。
　もっと知らなければと思う。
　この世界のことも。
　レーヴのことも。

　それから、


「──ねえ、ルカ、」

　はた、として、無意識に俯いていた顔を上げた。
　レーヴの顔には目や鼻といったものが見当たらず、青と白が混ざり合い、影か何かのように揺れている。
　今度は、レーヴが首を傾ぐ番だった。
　首を横に振った後、なんでもない、と笑って見せる。

「この前の怪我は、もう大丈夫なのかい」
「怪我？」
「……平原で負けたこと、まさか忘れたわけじゃないだろ？」
「あ、うん、……もう平気」
「ルカは大丈夫かも知れないけど、あの子は、どうかな」

　あの子。

「……アリシアの、ことか？」
「分かってるならいいんだけど」
「……」
「ルカの言葉はルカ自身が気付かないと、あの子には届かないよ、きっと」
「……え？」

　あの子。

「そんな顔、あの子の前でしちゃ駄目だよ？」
「……うん」

「──もうすぐ夜が明ける」
「うん」
「頼んだよ、ルカ」


　それは約束のことだったろうか。

　それとも、


　それとも。

とっておきなジャンルカの、とてもとても良い笑顔。更に清々しく、太陽みたいに笑う。
——太陽は大好きだけど、太陽になれないの。

笑顔、というより微笑み。月のようにひっそりとしたささやかなもの。
それでも月は輝こうとするけど、少しぎこちない……いびつな光。

それからそれから、先ほどから問われた事には。

そう言ってから肩をすくめる。可能だが可能ではない。世界を渡るなど数歩歩けば出来たのに。

勿論、その前に帰る手だてが見つけられたなら放っておいたところで問題も無い。未だ目を震わせる——恐らくデフォルトがこうなのだろうが——そうして真摯に彼女は答えた。

そう言うと少年の周りをキョロキョロとしながら、それらしき姿を探すような素振りをみせた

初めて耳にする言葉に目を丸くするも、食べ物と言われればすぐにその目を輝かせた

探している人が増えた
状況にもよるんだろうけど、２対１な訳で
つまりこれは・・・

片脚を半歩へ歩み出し前へと。
腰の刀へに手を掛け、緩やかな呼吸に合わせ構える。

　携えた杖を構える。
　括りつけられたいくつかの結晶が、きらりと輝いた。