地下牢を仲間と共に進む秋月。その背中を見つめつつ、

ノームは腕に抱えているアニマの頭をごつごつとした手で優しく撫でる。

彼と最初に契約したエンブリオでもあるアニマは、普段歩き疲れれば秋月の肩に飛乗り休む。
だが今はそれをしないのは、言葉で意思疎通が出来なくとも彼の心境を察してのこと。


ラズロ。
先んじて突破した者から伝わった、この先に待ち受ける司教。
聞き及んだ話によれば司教の身でありながら古今問わずの死霊術を操り道を阻むと言う。

技量や戦闘力より嫌悪感と物量を重ねた特異な防衛網。
だが秋月にとってそれは阻むものたりえない。


元いた故郷、地球で起きたバイオハザード。
それまで生活していた町が一転して安住の地から生ける屍が徘徊する無法地帯と化した。
そこで二か月間、秋月は仲間と共に生き抜いた。
銃火器がない時も彼は生き延びるためにゾンビと戦い制する術を身につけていた。

これから相手にする亡者達は彼が相手にしたものと違い、噛まれた者が感染するわけではない。


本来非戦闘員である秋月が率先して戦力となりうる状況。
だが決定的に彼が体験した事例と違うことが一つあった。

ラズロのことを聞いたとき、秋月は誰に言うでもなくそう言った。

前はただ生き延びることに精いっぱいで誰が災害を引き起こしたのか、
何が原因なのか知る由もなかった。

だからこそ、その時ぶつけるべき相手が見えず、知らぬ間に不条理なことにも適応していた。

関連がないとはいえ『死者を弄ぶ原因が目の前にいる』状況は
彼の中で眠っていた薄暗い物を呼び起こすのに充分だった。


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回廊の途中でフェリアの提案と共に休息を取る。
気配がない亡者にも、秋月が対応できるため警戒をしながらしばしの間行軍の疲れを取る。

座り込んでいる秋月をノームは見つめ、ふと、自分をフェリアが見ていることに気づく。
そちらに視線をやると、彼女は無言で頷いた。
ノームはその意図を汲み、片手を挙げて応えると彼の元へと歩き出す。

秋月の返答を待たず言うだけ言うとノームはその場に座り込み自分の水筒を開けて口をつける。

秋月の目を見据え、あぐらをかく自分よりも小さな老人。
その原石を値踏みするような鋭い眼光に、秋月はややあって、体の力を抜くように息を吐く。

袖を捲った秋月の腕にいくつもある傷跡や噛み跡。
手首のすぐ下に、小さく、しかし深い歯型の跡が残っていた。

淡々と、静かに語り、水筒に口をつける。
焦燥も、怒りも、悲しみもない。単純に整理がついてない故に希薄な感情しか浮かばない。
普段は鋭く、威圧を伴う目つきも、憑き物が落ちたように眦が下がっていた。

ノームはアンデッドに関する知識はあっても人為的に造られたウイルスによるゾンビは知らない。
それでも犠牲となった者の無念、摂理に反した不条理に翻弄される苦痛は理解できる。

ゆっくりと、顔を上げる。己の意に反して自然と上がる目じり。
人に良く苛立っていると誤解される表情を帯びて立ち上がる。

腰をひねって体をほぐし、頭を掻きながら、ノームに視線を向けることなく言葉を投げかける。

口を歪める秋月。ノームの腕の中にいたアニマが抜け出すと
軽やかな足取りで秋月の肩に飛乗る。
それを認めたように、フェリアは仲間に呼びかけ回廊の奥を指差す。

膝に手を突きながら立ち上がると大きく伸びをしてから、
ノームはフェリアと秋月を見つめる。