遠くで爆発にも似た歓声があがった。
　あれほど鳴いていた夏虫も次第に数が減り、もう付き合いきれるかとばかりに深い夜の中へと消えていく。けれどもそのことに誰一人として気づくことはない。もう限界だと思えた屋台の客引きの声は一層活気づき、人の波は嵐のようにうねりをあげている。
　右にも左にも夜店が並び立ち、電気を使った白熱電球からろうそくを使った提灯まで、様々な光が灯っていた。
　誰もがその光の中にいる。
　それは、光が指し示す道だ。

　　　＊

　お互いいつもと違う髪型で、浴衣も用意した。
　夏祭りの夜。屋台の店番を終えたポポロとピアは花火を見ることにしたが、どうやらまだ打ち上げの時間ではないらしい。
　それなら夜店を見て回ろう、ということになるも、店の数が多すぎてすべてを見て回るのは無理があった。
　別に適当にぶらつけばいいんじゃないか——とピアが言う前に、ポポロが口を開いた。
「それじゃあ、タンポポ荘のみなさんのお店を見ていきましょう！」
　そういうことになった。


　金魚すくい。
「なんかサメっぽいのが釣れましたー！？」
「……こっちは手足が生えたのが釣れた」
「おお！？　すごいですピアさん！　ぜひ、持って帰りましょう！」
「……リリース」
「ああっ！？」
　——金魚すくい？


　水飴。
「……つまり、ジャンケンに勝てば貰える水飴が増えるわけだ」
　やる気満々に構えるピア。
　それを見たポポロが横から、
「ピアさん、実は甘い物が好きですからねえ」
「……最初はグー」
「ぶべらっ！？」


　焼きトウモロコシ。
「フェアリーコーン……？　普通のと何が違うんだ」
　もぐもぐ。
「……まあ、普通に美味いな」
　もぐもぐもぐもぐ。
「——おいポポロ、芯は食べるもんじゃない」
「え？」


　かき氷。
「……レモン？」
　どう見てもたくあんの味しかしない。
「このたんぽぽコーヒーのかき氷、なんだかすごい感じです！」
　いつかのように、ポポロの髪の毛が飛び跳ねている。
「……刺激物に反応するのか？」
「ひゃああ！　食べすぎると冷たいですよこれー！」


　タロット占い。
「……三本の、棒？」
　ワンドの3のカードである。
「ポポロはソードの王様ですね」
「なんかお前の方が強そうだな」
「ピアさん、これはそういうのじゃないですよ」
「……そうか」


　そして、今。
「はーっ、遊びましたねー！」
　満面の笑顔で、まるで叫ぶように言うポポロ。ピアはその隣でりんご飴を舐めている。
　ふと、ピアが思い出したような顔をして、
「——っていうか、もう花火はじまるんじゃないか？」
「あ」
「……ったく」
「あははー。まあ、すごく大きい花火らしいですから、ここからでも見えると思いますよ！」
「……別に、どっちでもいいけどな」
　それきり、二人は言葉なく道を歩く。
　このあたりは人通りが少ない——というか、おそらく花火の会場から遠ざかっているのだろう。ぽつぽつ見える人波も、逆方向に歩いてばかりである。ポポロもピアもそのことに気づいていないのだろうか。それとも気づいているのだろうか。
　ポポロが何かを窺うようにピアを横目で見る。
　ピアはそれには気づかずに、りんご飴を舐めながら面屋の面を興味深そうにじっと見ていた。
　そのとき、遠くから甲高い音が聞こえてきた。花火の上がる音だ。
　ポポロは薄い笑みを浮かべて、そっとピアの腕に自分の腕を絡ませる。それはあたかも子猫が親猫に甘えて、頭をすりつけるような行為だった。
「ピアさぁん」
　空に花火が開いた。
「————」
　いつもなら、振り放すなり投げ飛ばすなりするはずなのに、そうはならなかった。
　ポポロは不思議がったし、何よりピア自身が驚いた。
　なぜだろう。
　二人の視線が交わったのは一瞬で、ピアはすぐに視線を逸らす。そんな間にも、花火は次々と空へとのぼっていく。
　——りんご飴を持っているからだ。
　そんな突飛な考えはしかし、ピアの胸の内にすっと落ちてきた。きっとそうだ。そうに違いない。
　そのとき浮かべた自身の表情を、ピアは自覚していない。



　ポポロの口元が緩んで、落ち着きなく身体が上下する。顔をうつむく。ピアには見えない角度でいたずらっ子の笑みを浮かべる。
「隙ありですっ！」
「————っ！！」
　唐突に、ポポロの上半身が飛び跳ねて、舐めて柔らかくなっていたりんご飴にがぶりつく。
　視線を外していたからまったく気づかなかった。
　ピアは驚きで目を丸くし、そしてそれはすぐに変質して、険しい表情になる。
　食べ物の恨みは怖いのだ。呟く。
「憶えておけよ……」
　ポポロはそれを真っ向から受け止めた。
「はいっ、忘れませんから！」
　花火にも負けない笑顔が咲く。
　光が指し示す道を、二人は歩き続ける。

清々しい顔でそう言った。

ほっとしたように肩を下ろす。

コーヒーを一口飲んでから。

どこかで見たことある身なりのいい女の子がこっちに歩いてくる

床に這いつくばっていた社長は静かに立ち上がる
そして速やかにカウンター席に戻ると、
何事もなかったかのように着席した

彼的には屈指の演技だったらしい

彼はそこまで言った後、両手を机の上におき、

と言いながら勢い良くを下げる
プライドもクソもない