◆ Intermission　→side:A



窓の鍵穴に銀の鍵を挿すと、かちゃん、と、錠の外れる音がします。
そのまま窓枠を押すと、ぎぎぎ、と軋む音を立てながら、窓は大きく開け放たれます。
初めて見る、ガラス越しでない庭園の風景に、黒髪の少女は感嘆の声を漏らしますが、

「………？」

彼女の頬を撫で、髪の毛先を躍らせる奇妙な感覚に戸惑うのでした。
そして、何かを確かめるように、古い大きな本をめくると、何かを確信したように、

「風……、これが風というものなのね。」

物心ついたときから、ずっと洋館の深窓に過ごしてきた彼女は、
生まれて初めて風という事象に触れたのでした。
最初こそ戸惑っていた彼女でしたが、柔らかな日差しと、
頬を撫でる風の感触が気に入ったのか、とてもご満悦な様子です。
そして、何かを思いついたように、杖を突きながら、足を引き摺りながら、テーブルの傍まで来ると、
そこにあった椅子を、それは重そうに、窓のところまで運んでくると、そこに腰掛け、
窓枠に頬杖をつきながら、うとうととうたた寝を始めるのでした。


　+ + +


かつかつと、複数の慌ただしい靴音に、黒髪の少女は目を覚まします。
そして、荒々しく開かれたドアに、びくりと驚きますが、そこにいた人間の中に、
彼女がお父様と慕う男がいたことに一瞬嬉しそうな顔をしますが、
彼の険しい表情に、再び不安に駆られるのでした。

「庭師から、部屋の窓が開いているとの報告を受けたが、
　いやしかし、本当に開いているとは……。」

お父様と呼ばれた男は、従者にメイド長を呼んでおけ、と耳打ちすると、窓辺の彼女の元へとやってきます。

「どうして、窓の鍵が開いているのかな？
　ひょっとして、はじめから掛かっていなかったのかい？」

物腰は柔らかですが、問い詰めるようなその口調に彼女がどぎまぎしていると、
男は彼女の手の中にあった銀の鍵を見つけます。
それを渡しなさいという男の言葉に、彼女は素直に従います。
受け取った鍵を一瞥すると、それを懐へしまいながら、

「……どうやら鍵の管理にも問題があったようだ。
　あの程度の折檻では足りなかったらしい。
　君は何も悪くない、別に怒っているわけじゃないんだ、気にしなくていい。」

そう頭を撫でますが、彼女に対してではないにしろ、誰かに怒っていることは明らかです。

「あの……、ごめんなさい、お父様。」

「……そうだね、このところあまり調子が良くないのに、外の風に当たったのは、よくなかったね。
　何か病気でも拾ったら、大変だ。」

部屋にさっきの従者が帰ってくると、男に耳打ちで何かを伝えます。
男は、わかったと短く言うと、窓の鍵を掛け直します。

「……そうだね、今は無理だけど、もう少し良くなったら、中庭でティーパーティーでもしよう。
　以前から、外へ行ってみたいって言ってたしね。
　洋館の外へは無理だけど、それでどうかな？」

その言葉を聞いた彼女の顔が、明るくほころびます。
それを見て、安心したように男が再び彼女の頭を撫で、

「いい子だ、だから今は、おとなしく寝ているんだよ。
　良くならなければ、お茶会もできないからね。」

そう言って、従者と共に、足早に部屋を後にするのでした。


「……お茶会かー、絵本でしか見たことがないけれど、きっと楽しいんだろうなぁ！」

彼女がミオクローヌスと名付けた、白いうさぎのぬいぐるみを抱きながら、

「あとは、帽子屋さんも必要だよね！」

そんな話を、あれこれ思案しているのでした。

じっ、と見つめられると、驚いて目をまたたかせて、すぐに口を開きます。

だから、急に、友達と言ってもらえて、なんだか自分がミオさまの言葉ばかりを気にしてたんだと気づいて。
それで恥ずかしくなってしまったのだと説明します。

両手で、ミオさんの手をとってそう言いました。

わたしも連れて行ってくれたら、いっしょに調べますけれど、と、提案します。
もしなにか知っているとして、一人で探すのもなにか不安な気がして、そう言わずにはいられなかったのでした。

◆

まさかの展開に素っ頓狂な声をあげるアムルでした。

ゴー！となんか燃えながらそう宣言しました。
なにしろその本は自分で写本を作るぐらいの入れ込み具合、翻訳バージョン作るぐらい問題ないのです。

というわけで、新板『王女と盗賊』のため、さっそくリサーチを開始するのでした。

◆

ホントは、ちょっとだけ、自分の巣に戻れないのが寂しいんです。と、白状します。
最近、お母さまや、兄弟姉妹といっしょにいないのに、時間が過ぎていることを感じて、怖くなったのだと。

そっとミオさんの手に触れて。

だから、寂しくありません。と、笑顔で頷きかけます。

分身とかならもしかしたらくれる人がいるかもねなんて言いながら

尻尾は舐めにくいだろうと、指を差し出してみる。

やはり防犯ブザーを押す気はなさそう。
よほどあぶない時じゃないと押さないでしょう。
逆に、急に襲い掛かってくる相手がいるなら、押すかもしれませんね。

おなかをかけた勝負に、ぷーちゃんは勝利した。

そう言うと、ぷーちゃんはミオちゃんのお腹を本当に遠慮なくまさぐった。

呆れたような目で溜息を吐く。

おっさんかよ！

なんかすごい愛くるしい姿に悩殺されそうになりつつも、少し時間をおけばいいと提案するのであった。