夢を見ていると。漠然とそう思った。
　色もない。形もない。音もない。ただ意識がある。ひどく曖昧だ。自分の姿さえも。
　緩やかに水中へ沈んでいく木の葉にでもなった気分だ。そんな事を考えられる程度には、どうやら思考はまともらしい。
　ふわふわとしていて頼りない意識のまま、自問する。

　俺は何をしていた？
　
　覚えている限りの最後の記憶。そこにはイドの姿があった。
　敵兵の首に爪を添えた直後。イドがこちらに向かってきて、その拳を突き出す。
　そこで意識が途切れている。何も思い出せない。

　……いや。

　そこまで思い出せれば、その後何があったのかは明白だろう。
　自分はイドに殴り倒された。それこそ意識が飛ぶほどの一撃で。
　自分はそれよりも早く爪を引き、喉笛を掻き切ったのだろうか。

　これも食い止められてしまったのだろうか。

　……？

　声が聞こえた。やけにはっきりとした声が。
　これは夢の中のはず。訝りつつも、声の聞こえた方角に意識を向ける。
　そこには。九つの首を絡め合せる不気味な姿。
　おかしい。やはりこれは夢か。あれは、あの形は本来ならば自分の背中にあるはずだ。

　ヒュドラ……？

　……随分軽薄な喋りだな。契約した時とは大違いだ。

　まあ……いい。そういう事にしておいてやろう。だが何故お前が居る？　何故喋れる？　ここは俺の夢の中ではないのか？

　何の話だ。

　馬鹿を言え。手を抜いてなど、

　うるさい。俺は本当に奴らの息の根を止めるために。

　あいつらは関係ない。

　……

　……貴様

　うるさい

　うるさい

　……黙れ!

　

　意識を強く持つ。奴を追い出したい。そう念じた時、自分の身体はあっさりと形を取り戻せた。
　あとは遮二無二、爪を振り回した。
　9本の首を爪でなぎ払う。消えろ消えろ、と叫びヒュドラの身体を細切れに切り裂く。そして完全にバラバラにする。落ちた黒い怪蛇の頭を踏みつけると、それは煙の様に消えていった。

　消し去ったはずのヒュドラの声が、何もない空間全体に響く。

　黒い靄。それが自分の目の前に溜まっていく。徐々に体積を増やし、自分と同じ背丈ほどになる。
　そして、その靄の一部が晴れて、現れたのは。

（チロリんが言おうとしたことは、ギガヤの叫びにかき消された）

ぐしゃりと頭を掻く。悩み事の一つらしい。

血気盛んなリザードマンが学校に通い座学に励む姿を、想像し切れなかったらしい。
後半は弱い口調だった！

感心した様に頷いた。

魔王なのか、と尋ねられれば「へ？」と間抜けな返事をして。

隠す気は無いらしい。
ちょっと照れたように笑うと、じゃあ改めて、と咳払いをして。

威厳たっぷりに宣言した。
宣言したが、何分背が小さいのと、魔王要素がマントくらいしかないので、威圧感はまるで無い。
率直に言えば「魔王ごっこをしている娘」と見られても文句は言えない姿である。

ネクターの花を貰ったことが幸運だった、と聞けば

と、冗談を口にした。

むかしむかし　さばくにちいさなとかげがいました

ちいさなとかげには　ゆめがありました

おひさまと　ともだちになることです

おひさまが　きみなんかを　あいてにするはずがない

まわりのどうぶつたちは　とかげをばかにします

しかし　とかげはあきらめませんでした

なんねんもなんねんも　そのゆめをあきめませんでした

あるとき　おひさまが　つきにおそわれてしまったのです

みんながかなしみにくれるなか　とかげはつきに　たちむかいました

おひさまをまもるため　とかげはつばさをはやしました

おひさまをまもるため　とかげはおおきくなりました

おひさまをまもるため　とかげはひをふけるようになりました

つきはとかげをおそれにげだし　おひさまはとかげとともだちになりました

地雷ポイントがわかりにくいんだよな、とぼやく。
それだけで十二分に不穏というか、不吉なものを感じさせつつ。

妙に実感のこもる言葉である。
再会を祈る言葉には、ありがとなと小さく笑い。

約束は反故にしないから心配するなよ、とそんな返答。
素材は集める、との言には頬を掻きつつ複雑な表情。

苦笑いを。