△月　○日

　私にとって、本当に大事なものはなんだったのだろう？

　そんな事を考えた。

　ずっと、産まれてから十四年間の、あの事故までの記憶、過去……。
　それこそが一番大切だと、私と一つになった『彼女』こそが大切だと、そう思っていた。

　けど、私はそれからも七十年生き続けた。

　その間に、旅をしたり、世界を守る破目になったり、友達ができたり、義妹ができたり……恋人ができたり。

　そうして多くの記憶を積み重ねて、新しい『大切なもの』を積み重ねて。
　それを全部、忘れ続けてきた。

　初めて一人で国を出たときの感動も、魔物と一人で対峙したあの恐怖も。
　揚羽ちゃん達を助けに飛び出した勇気も、熱を出して倒れた苦しみも。

　多くを諦めようとしてた揚羽ちゃんが生きようと思ってくれた。
　憎たらしい男の子に出会って、喧嘩をした。
　そのお姉さんに抱きしめられて、勇気を貰った。
　死んでしまうかもしれないって、暗闇の中で思った。
　そのとき彼が私の手を握ってくれて安心した。
　好きなんだと言われて、涙が出るくらい嬉しかった。
　同じベッドで目覚めたときは、もだえたくなるくらい恥ずかしかった。
　全部終わって、別れるときには、辛くて悲しくて涙が止まらなかった。

　そんな何もかもを、『私』は覚えていない。
　日記に記された文字をみて、弾むような文字をみて、涙で滲んだインクを見て、そんな事があったのだと『知っている』だけだ。

　そのどれも、本当に忘れてよかったことなんだろうか。
　『彼女』と天秤にかけて、捨ててしまってよかったことなんだろうか。

　……考えるまでもない。
　私にとって『彼女』が一番大切で、それまでの時間が本当に大切で……。

　けど、だったらどうして日記を読むのが苦痛になったの？
　どうして、『彼』との日記を読むたびに、私は倒れてしまうほどの衝撃を受けるの？

　わかってる。
　本当は、全部わかってる。

　私はただ、逃げて、縋っているだけ。

　『彼女』を言い訳にして、ずっとあの時までの記憶に縋っているだけ。

　だって、自分が生まれてからの十四年……ううん、今はもう、今日までの八十四年。
　そのすべてを忘れてしまう、無くなってしまう。
　それがわかっているのに、選ぶなんてできなかった。
　当時は、もちろん今も、それまでの時間が無くなるのが怖くて、選ぶなんてできなかったんだ。

　けど……いつの間にか。
　ううん、考えてみれば当然の、子供だってわかる計算。

　私はもう、覚えている時間より、忘れた時間のほうが多くなってしまった。

　そして約束……。

　私はきっとこのままでは、そう遠くないうちに消えてしまう。

　『彼女』を失いたくないから、幼いころの思い出を失いたくないから。
　そうやってこのままでいたら、間違いなく、消滅のときはやってくる。

　私は、それで良いの？

　『彼女』との約束も、『彼』と交わしたはずの約束も。

　どれも果たせないまま、私は居なくなって良いの？

　……そんなはずは、きっとない。

　私は『彼女』の夢を託された。
　『彼』の夢を共に背負った。

　だから、もう逃げたままじゃ、居られない。

　そろそろ現実を見よう。
　僅かな思い出に逃げるのはやめよう。

　大丈夫、まだ時間は残ってる。

　さあ、覚悟を決めよう。

　未来を、この先を生きぬくための、覚悟を——

すっごいドヤ顔。自信作ではあるらしく、自分の分はとっても美味しそうに食べている。

想像力豊かである。
大真面目な顔をして戦々恐々。

目が泳いでいる。逃げようとして必死だ。

　
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