〜Before the Sxinyerr Ⅱ〜



僕らは、薬屋が貴族に毒を売っている所に出くわした。
それも運悪く、お互いがお互いを見つけたのはほぼ同時のこと。

僕は姉さんの手を引いて、路地裏中を走った。
まだ潜んでいる連中がいる。そう、気付いたのだ。

曲がり角を曲がると先回りされ、秘密の抜け道を通ればまた追い付かれる。
行き着く先は行き止まり。完全に追い詰められた。

にじり寄る追っ手。
身なりは汚い。大方貴族か薬屋が買収したごろつきなのだろう。

諦めが僕の心を支配したその時——



夜は、訪れた。



夕焼け空は急に暗くなり、半月のはずの今宵に浮かぶは三日月。

仮面とマントが印象的な全身黒尽くめの男が、僕らの前に降り立った。

その姿はまるで……


それからの事は、よく覚えていない。
気付けば僕らは帰路を辿っていた。


「おかえり、二人とも。もう夕食が出来る時間だ。早く荷物を置いてきなさい」

「はい。父さん」







僕が父さんの正体に気付くまでは、そう時間は掛からなかった。

一目見れば十分だ。筋肉や重心の動きが、父さんのソレと一致している事に気付くことには。
なぜなら僕は、父さんが姉さんを鍛えている所をずっと見てきたのだから。
気付かなければ良かった。僕はこんなにも真実を欲している。

僕は、最初に”X”を見た所をはじめとしたXの現れたであろう場所を徹底的に調べ上げた。
アベルや姉さんにも内緒だ。信じていないワケじゃない。
だけど、アベルにはアベルの立場があるし、姉さんは隠し事に向いていない。頼れるのは僕だけなのだ。

貴族狩りの現場にも先回りする事ができた。
父さんの行動パターンに乗っ取って身を隠してみて、僕の中で段々と真実が形を成してゆく。
Xの後を追い、アジトも突き止めた。

今度は父さんがこんな事件を引き起こした原因について調べようとしたが、それはどうする事もできなかった。
わかった事と言えば、貴族狩りの最初の犠牲者が先代ワインバーグ卿であることぐらいだ。

貴族狩りは不定期に行われている。
事件が多く見られる時期もあれば、全く無い時期もある。

しかし……ますますわからない。
父さんは黙っていてもワインバーグ家の当主になっていた。だから、権力が目的だとは考えにくい。



『おいで、バート』

男の子のようで、女の子のようにも聞こえる声。
それは、僕の部屋のクローゼットから聞こえてきた。

クローゼットに近付いて、僕は声の主に問いかける。

「君は誰だい？」

『僕はアト。君の父さんの相棒さ。君はもう辿り着いているんだよね？サイネルの正体に』

「……なんで、それを」

『僕は虫でも石でも、そう。何にでも化けられるからね。そうやって君を監視していたのさ。
　もちろんサイネルも、君の動きには気付いているよ』

「父さんが貴族狩りを行った理由は？」

『……サイネルが、先代ワインバーグ卿と部族の女との間に生まれた子だって事は知ってるね？
　部族の女は、元々奴隷としてここに連れて来られたのさ。なまじ見た目が良かったものだから……』

『先代に辱められる毎日から、サイネルのお母さんは逃げ出したんだ。
　そして故郷でサイネルを産んで、そのまま弱って死んでしまったよ』

『君たちを産むためとはいえ、嫁さんに母と同じ末路を辿らせてしまったんだね。
　相当堪えてたよ、サイネル』

『……話を戻そうか。サイネルは……弱い。そう、誰よりも傷つきやすい人間なのさ。
　彼の目の前で誰かが傷つくと、彼も傷つく。暴力や理不尽を見る事に耐えられないんだ』


クローゼットの中から、声の主が姿を現した。
それは怪傑Xの被っていた、黒い仮面。


　　　　　　　　 ボ ク
『だから彼は仮面を被った』


『僕は僕が何者なのかさえわからない。けれど、彼に何かを与えることが可能だということは理解していた。
　僕は彼に…抗う力と、苦しみを覆い隠すための貌を与えた』

『彼は優し過ぎる。戦いには向かない人だ。だけどそれでも、彼は戦う力を必要とした。
　僕を被って、そうして自分の事を暴力的な人間だと思い込むようにしてるのさ』

『憎んだはずの相手にさえ情けをかけずにはいられない。そうやっていつも余計に苦しむ。
　吹っ切れたのは…同じようにして殺しそこねた悪人が、もっと多くの人を殺した時だったかな。
　まぁそれはずっと遠くでの出来事だけれど』

『彼は正義の味方なんだよ、バート。貴族狩りばかりが前面に出ているけれど、彼が殺すのは皆悪人なんだ。
　……少なくとも、サイネルにとってはね。それが、貴族狩りの理由。そして——』


何かが爆発する音。
一瞬で屋敷の周囲は火の海と化した。

「い、一体何が…！」

『……馬鹿な。いままでずっと気付かれなかったのに。ずっと隠し通せてきたのに、なんで……サイネル！！』

アトは妖精のような姿に変身し、部屋を出た。見た目より力は強いらしい。
僕もこのままじっとしている訳にはいかない。避難しなければ。

……姉さんが心配だ。
僕は避難する前に姉さんの部屋に向かった。が、誰もいない。
物が一部散らかっているので、姉さんは先に避難したのだろう。





エントランスが覗ける二階の通路。
燃えさかる炎の中、怪傑Xと覆面の男達が戦っていた。
血生臭い光景は見慣れているが、今目の前で繰り広げられるのは特に良い。
積み重なった死体が焼けて臭うし、斬り飛ばされた体の部位がそこら中に転がっている。実に面白い。

僕が向かおうとした通路の先から姉さんが走ってきた。

「ダメ！向こうからじゃ逃げられないわ！」

「……正面だって無理さ。ほら…」

姉がエントランスの方を見やると、その場で吐いてしまった。

「うぇっ……ぇぇぇ………ゲホッ…！」

「行くしかないよ、姉さん。でなきゃ死ぬのは僕らだ」

僕は姉さんを置いて、一階に降りた。
剣を構えて、怪傑X…父さんと並び立つ。

『……バート』

「大丈夫だよ、父さん。僕のコトはよくわかってるでしょ？」

父さんのような、弱さを紛らわすための仮面じゃない。
僕は最初からそうだったのだ。どうしようもないのだ。

僕は、人殺しが大好きだ。






けど、それでも、もっと優しい世界で生きていたかった。
もっと姉さんと遊びたかった。
もっと父さんに色々な事を教えてもらいたかった。




僕が最後に見たのは、火達磨になった姉さんと、フードを被ったアベルに杭で体を貫かれた父さんの姿。

そして、僕の胴体。


「敵は取ったぞ…ワインバーグ……」

死の暗闇の中、アベルの声が聞こえた———














































〜Origin of X〜


真っ白な空間に、怪傑Xという名の役者は放り出されていた。

サイネルとアトは辺りを見回す。
見渡す限り真っ白で、壁も何も見えない。

床に触れてみる。
暖かいのかも冷たいのかもわからず、硬いのか柔らかいのかもわからない奇妙な感覚。

真っ白な空間に、突如響く声。

〜FALSE〜


全てが上手くいった。

王となった俺は、この国の全てを問題なく廻し続けている。

大なり小なり不幸はあれど…民も兵も皆希望に満ちている。

全ての人間が喜びを分かち、苦しみを分かつ。

ああ、これこそが俺が求めた理想なのだ。

















有りえない。

世界がこんなに美しいハズがない。


俺は知っていたハズだ。誰もが笑い合える世界など、ありえないのだと。

影があるからこそ光があるのだと言うのに。あれだけ思い知らされたではないか。


ならば俺が今見ているこの世界は何だ？
















———これは、茶番だ！！！

黒い仮面が、杭に変形する。
杭は、サイネルの心臓を貫いた。

『…………てやる』

サイネルの体が、異形の姿へと変わっていく。

真っ白な空間が、無数の色に塗り替えられる。
あっという間にその空間は黒に染まり、異形はその場から消え去っていた。

落ちる。












降りる。













降臨する。


















それは物語を荒らす厄災。

　　　　　　「己を偽り、その身を闘争へ投げ打つ者よ。


　　　　　　「たとえ修羅の道を往こうとも、


　　　　　　「憎悪と悔恨は全ての”悪”へと向き、

　　　　　　「それらの矛先は自分自身にさえ向けられる。





　　　　　　「すれ違った想いが、終わりを始める。


　　　　　　「奏でられるは滅びの賛歌。



　　　　　　「それは、小さき異端の悲鳴じみた産声。

　　　　　　「それは、地獄めいたフルートの音色。





　　　　　　「未だ眠れる白痴の魔王よ、醜く小さな世界を廻せ。


　　　　　　「夢より覚めよ、孤独なる混沌。一色に染まる全てを濁せ。






　　　　　　「これは可能性を示す物語。足掻きは運命を狂わせる。


　　　　　　「そして無数の物語はせめぎ合い、交わってゆく。

　ゆっくりと地上へ降りてくる一軒家を背に、ポポロはサイネルの言葉に答える。

　そう言い切ると同時に、タンポポ荘が大地に接して、鈍い音を立てて着地した。

　なんて、小さく呟きながらポポロはタンポポ荘へと歩いて行く。

エルは怒られないとわかるとホッとしたように胸をなでおろした。

肉は次第に新鮮さを取り戻し…

そして表面に皮膚が再生し始め…

そろそろ止めるべきである。

青年の言葉をうけ、残念そうに呟く。
同じ弓使いで狩人でもある彼に　親近感が沸いていたようだ。

フレアサンダーの言葉に促され、
ミクネも仲間の待つ場所へ戻ろうとその方向を見やるも、
「あ！」と思い出したようにミクネは声をあげた。
　立ち去る青年の方へ振り向き、その背に向かって声をかける。

青年に言葉が届いたかどうかはわからないが、
言いたいことを言って満足したのか、
一人と一匹もその場から立ち去った。

あなたの前に、左腕を布で包んだ、奇妙な格好の少女が近寄ってきます。

少女は笑顔で右手を振りましたが、それからすぐに顔を引き締めます。

少女から敵意のようなものは感じられませんが、
真剣な表情のまま、あなたを見つめています。

前提からして勘違いしていたようだ。

ハンドライトを取り出すと、スイッチをカチカチオンにしたりオフにしたりしている。
無駄にあなたの方に向けて明かりをつけたり消したりしているため身体が照らされたり暗くなったり。実害は無いが少し鬱陶しい。

紙箱に詰められたメロンゼリー。緑とオレンジの二種類あるようだ。それぞれ8個入り。
スプーンもついているため、早速食べてみてもいいかもしれない。