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——二人が異世界へ出掛けてから、数日。


蔦の絡む、古い鉄門の向こう。
寂れた、しかしそれでも薔薇や緑の木が茂る広い庭園。
申し訳程度に水が流れる亀裂の走る噴水。

その更に奥、苔生し蔦が這う退廃した西洋建築の建物から
今日も変わらず“生きていないようで生きている者達”の気配があった。


「ちょっとぉ、管理人さぁ〜んっ!!」
「おや。何か御座いましたか？」

肩甲骨より下まで伸びた長い金髪に、しなやかな脚線を強調するような
レザー素材をベースとしたフェティッシュファッションの
一見して美しく魅力的な女性が、間延びした声……
——しかしそれは明らかに男のアルト——で“管理人”を呼んだ。

呼ばれた“管理人”は、その真直ぐ正した姿勢を乱さぬまま、
洗練された身のこなしと共に慣れた様子で振り返った。
後ろへと撫で付けられた髪に、銀のモノクル。
執事を髣髴とさせるような燕尾のスーツに身を包んだその男はしかし、
血色などとは程遠い青白い肌色をしていた。


「あのお人形夫婦がちょっと前から見当たらないんだけど〜、知らなぁい？」
「ご夫婦ですか？ 少々お待ち下さいま……
「やぁ、御揃いだね。この美しく麗しい僕のお出迎えかな？」

管理人の言葉を遮って、キラキラと周囲に妙なオーラを撒き散らしながら
一人の男が片手を掲げて割り混むように現れた。
無駄に煌びやかな衣装を纏いニコニコと微笑み、確かに見目だけは
この世のものとは思えぬ美しさをもつその男の顔は、
本人の楽しそうな声色とは裏腹に微笑を浮かべたまま１ミリの筋肉の動きも無かった。

女のような男が、顔を顰めた。

「んなワケないでしょ。っていうかアタシ達、アンタの相手する暇は今ないわよ！」
「そんなに照れなくても良いじゃないか。やはり僕がこのように美しすぎるからかな？」
「……まあお二人とも落ち着いて。私の下へいらしたのですから、何か御用があるのでは？」

管理人が同じく慣れた様子で二人の間に入り、
煌びやかな男の方へとその顔を向けた。
男はああそうだった、と用件を思い出した様子で管理人へ向き直る。

「そろそろ新しい“美しき頭部”をMr.ブルートに頼もうと思ったのだけど、彼は今どこにいるのかな？」
「アラ、アンタもアタシと同じ用事じゃないの」
「おや、それは奇遇だね。この素晴らしく秀麗な僕と同じだなんて光栄に思いたまえ……！」
「……それでは、改めまして確認いたしますので少々お待ち下さいませ」


そう言って、管理人は手元に置かれていた帳面を捲り始めた。
黒いシックな革カバーのその帳面から目当ての頁を見つけると、
そこに綴られている文字に一通り目を通し、それから元通り帳面を閉じて顔を上げた。


「どうやらお二人は敷地外へお出掛けのようです。おそらく“門”に連れ出されたのではないかと」
「なんだって!! それでは僕の新たな“美しき頭部”が依頼できないではないじゃないか！」
「きっと放っといたら暫く帰ってこないわね……アタシ“コレ”届けついでに探しに行って来るワ」


女のような男は手にしていた包みを示してから、邸のエントランスへと踵を返した。
その瞬間、布の少ないビスチェの背中……肩甲骨辺りから、赤黒い皮膜の翼がバサリと広がる。
それを見た煌びやかな男が、相変わらず同じ表情の顔で両手を広げて歩き出す。

「待ってくれたまえ。この芸術品のように端整な美貌の僕も同行しよう」
「あ゛ぁっ!? フザケんな！野郎と出掛ける趣味はねぇっつーの!!」


女のような男が、先ほどまでの雰囲気から一転。
その女性にしか見えない美しい容姿のまま、掠れた野太いバリトンで煌びやかな男に罵声を飛ばした。
しかし煌びやかな男は怯むことなく、マイペースにキラキラオーラを振りまいて後を着いて行く。

「何故だい、その方が効率的ではないか。それに世界中が羨む美貌の僕と一緒なんて光栄だろう？」
「あ゛ーー!! 着いてくんじゃねぇ足手まといナルシストが!!」
「嫌だなぁ、恥ずかしがらなくても良いんだよ？……嗚呼、僕の美しさがまた新たな罪を……！」
「邪魔だっつってんんだろーが!!」
「では、美しき旅へと出掛けてくるよ！」
「はい、行ってらっしゃいませ。道中お気をつけて」

言い争い……のようなそうでないようなものを繰り広げながら、二人は邸の外へと出掛けていった。
その姿を見送ってから、管理人は再び手帳を手に取った。

先ほど開いていたのと同じ頁の、ある項目をその白い手袋越しに指でなぞって、
ぼそりと小さく呟いた。



「……さて。ご夫婦……取り分け奥方様の身に、何も起きていなければよいのですが…………」




　
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◆ブルートは妻を自らの背後へと隠した。

ブルートの妻が背後に隠れてしまうのを見て、座長はわざとらしい仕草で残念そうに肩を竦めた。

ドロテアは困ったように首を傾げ、夫妻を見上げる。

摘まみ上げられた裾から覗く白い脚を美術品を鑑賞するように眺め、座長は感心したように頷いた。

ブルートの生きた人間ではない、という言葉に一瞬表情が消えたが、すぐに元の薄笑いに戻る。

「おそろい」が気に入ったのか、ドロテアはぴょんぴょんと跳ね回っている。

座長の注意は、あまり耳に入っていないようだ。

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