分割世界には闘技大会という催しがある。闘技大会の開催期間中は、その世界において守護者の加護に預かる参戦者や冒険者達が、毎夜闘技場に集まって模擬戦を行い、８戦して勝ち数を競うイベントである。模擬戦といってもエンブリオを介した実戦さながらの戦闘であり、勝利数の多い参戦者やパーティや畏怖と尊敬とを集めることになるのだ。

シュガーもれんたろうという参戦者に誘われて闘技大会に参加することになった。夜、闘技大会会場への転送用のエンブリオが参加者の元に現れ、光るミストや黒犬について森を彷徨うことで、メルンテーゼの異次元に存在するという闘技大会会場へと到達することができる。

闘技大会会場はコロッセウムを思わせる巨大な石造りの建造物であり、いかにも古代遺跡といった風情であった。実際創成には神々が関与していたと伝えられてもいるが定かではない。会場には様々な世界からの参加者が一同に会し、シュガーのパーティもAI搭載の自走砲、精霊が操縦する航空機動兵器、異界をさすらう赤毛の女の子、と多彩だ。

アニマと安徳帝の霊ははしゃいでいた。アニマは今まで闘技大会に出場したことはないし、安徳帝の怨霊はその成立から800年以上が経過し、冥府や竜宮で学んできた彼はそれなりに博識ではあったのだが、さすがに分割世界を訪れたことはなかったようで、色とりどりの異界からの来訪者を物珍しそうに見て回っていた。

アニマと帝の霊はきゃいきゃいと人々の間をくぐりぬけて歩きまわり、あれは何だコレはどうだと楽しげにあーだこーだと話しあっていた。そんな彼らを見ているとシュガーの頬もいくぶんかゆるくなってしまう。アニマと帝の霊の見聞が広がればと連れてきた甲斐もあったというものだ。

とはいえ、物見遊山ばかりというわけにはいかない。ぼちぼちシュガーの試合も開始されるため、シュガーはアニマと安徳帝の霊を呼び戻し、試合会場に向かった。試合会場は天井の高い広々とした室内闘技場であった。シュガー達大会参加者は闘技場中央でパーティごとに隊列を組み、試合に参加者の関係者は競技場の周縁で、見学者はその周りの客席で観戦することになっていた。

客席では参戦者やエンブリオたちがシュガーの対戦相手のことをしきりに口にしていた。曰く、優勝候補の一角であるとか、一揆参戦者の上位10指に入るハイランカーとか色々とである。安徳帝の霊が闘技大会のパンフレットで双方のチームの戦力を比較してみるに、装備の強度や射程距離など全ての点で相手チームのほうが優っている印象であった。賭けのオッズもシュガーらのチームの勝利は３０３０倍と大穴もいいところである。

戦闘に参加しない安徳帝の霊はシュガーの元を離れて競技場の周縁へと向かう。安徳帝の霊はシュガーがわざわざ準備した一席にちょこんと座り、その脇にアニマが腰をかける。はて？と安徳帝の霊は首を傾げた。

シュガーのアニマは戦闘ではギフト以外は何もしない。いつもふらふらてきとーに遊んでいるばかりだ。安徳帝の霊はアニマをしげしげと観察してみる。シュガーのアニマはギリシア風衣装の女の子の姿をしている。古代ギリシアでは女性は家庭内で労働をしていたそうだが、神々はその限りではなかったらしい。案外アニマは古代ギリシアの精霊や神々と関係があるのかもしれないな、と、などと思えてきた。神々はてきとーなものなのだ。

相変わらずよく分からんやつじゃと安徳帝は呟いてみるも、アニマはどこ吹く風であり、そしていよいよ競技場の中心部では双方のパーティの布陣が終わり、審判が双方に目配せをすると、試合開始の笛の音が響き渡った。シュガーたちは相手の前衛が間合いを測りつつ、自己強化の魔術を発動させる。

爆発でシュガーは宙高く吹き飛ばされ、ギュルと回転しつつ落下し、グシャアと頭から地面に激突した。シュガーはうつ伏せに倒れてしまいピクリとも動かない。

その後も相手チームからの長射程かつ高火力の攻撃にシュガーのチームは翻弄され蹂躙され、試合は一方的なものとなってしまっていた。安徳帝の霊もその一方的な展開にはため息をついてしまう。アニマに至っては絶句しているようだ。

闘技大会を初めて見る者（霊）同士でカオスな議論が盛り上がっていた。何が勝ちで何が負けなのかについて、答えは1つじゃない、いや、1つに決まっとるわ、などなど、盛り上がるそんな彼らの元に、今日も今日とて冥府からの声が聞こえてくる。のんきで朗らかな声が聞こえてくる。

だが、シュガーは気絶したまま動かず、安徳帝とアニマはというとボケとツッコミに忙しく、誰もその声を聞く者はいなかった。優勝候補の勝ち名乗りのアナウンスが響き渡り、勝者を称える歓声が沸き起こる。

誰も耳にも届いていないその冥府からの声は、それでも、優しげであった。まるで、その場から闘技大会会場を眺めて満足げに笑みを浮かべているかのように。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしています…