※今回の日記に北里八鷹さん(494)をお借りさせていただきました。
この場を借りてお礼を申し上げます。











手が、口が動いている。
裏に潜っているときは実感できない感覚に、少しだけ戸惑った。

ファイの矛盾に気付いた人間は、私以外では彼が初めてだ。
もしかしたら、彼なら私の知らない真実にたどり着けるのではないか。
いや、もうたどり着いているのかもしれない。

このタイミングを逃せば、もう真実を知る機会はない。
本能的に察知した私は、ファイの意思を無視して無理やり表に出た。
そのことによる影響は、今のところない。
ファイに異常事態が発生したと私が判断すれば、対策に引っ掛かることはないのだろうか。

事態を呑み込めず困惑しているようせいに、黙って話を聞いていて欲しいと目で伝える。
それで察したのか、ようせいは少し後ろに下がった。
ちゃんと意図は伝わったようだ。
気を取り直して、目の前の青年を見据える。

了承を確認して、私は問いかけた。

聞きたいことはこれだけです、とも付け加えて。
それから青年が答えるまでのわずかな間、とても長い時間が経ったような気がした。

たしかに、ファイには自分独自の武器がない。
ここに来た頃は、豊富な魔力の扱い方すら知らなかった。
今使っている技は、全てエンブリオの力を借りたものだ。

もう一つのことに関しては、人の中に紛れ込ませるためにわざとそうしたということも考えられる。
しかしそれなら、とても戦闘ができるようには思えない子供の姿にするメリットがない。
普通は力があり、尚且つその力をコントロールするために最適な、成人男性の姿にするはずだ。

つまり、このことから考えられる結論は——

そう、戦闘特化型ではない。
この時点で、ファイがここに来た目的は一揆に参加することではないと判明してしまった。
ならば何のために作られたのだろうか、そしてなぜここにいるのか。

記憶媒体にエラー……そういえば、ファイはメルンテーゼに来る前の記憶がほとんどない。
ここに来た目的と、わずかばかりの常識くらいだ。
けれどそれ以外のことを覚えていないわけではなく。
たとえば自分が作られた環境はおぼろげに、名前の由来ははっきりと覚えている。
最初から覚えていた知識を後から消されてしまったような——最初から？　
いや、ファイは必要最低限の知識以外教えられていないはずだ。

混乱した頭で、返事を青年に返す。
ファイは作られて間もないはずだ。
でも私は実際にその証拠となるようなものを見ていないし、誰かからそのようなことを聞いた記憶もな

い。
いや、けれど、忘れているだけだろう。
ファイの身体に入る前の記憶をたどれば——

……あれ？　母と二人きりでいたときの記憶しかない。　
思い出した記憶は、一部が抜けおちている。それも不自然に。
その欠けた部分を探ろうとすると、頭痛がする。
まるでこの先を見てはいけない、と警告されているかのようだ。

青年の言うとおり、一から人の心を作り出すのは、私の国の技術では不可能だ。
さらに自己の成長すら可能としている。
身体だけではなく、心も作られた存在であるはずなのに、なぜこのようなことが起こっているのか。

頭が痛い。
この先は思い出したくない、聞きたくない。
いや、真実を知りたいと願ったのは私ではないか。
なのになぜ今さらこんなことを思うのか——

ああ、そうだ。
もしかしたら、私が知らないだけで、既に心をも作り出す技術が生まれていたのかもしれない。
そうだ。その方がいい。だってこの先は、

青年の言葉が耳に入るたびに、頭痛が酷くなっていく。
やめて、知らない方がいい。
そう口に出せば止めてくれるかもしれないのに、言いたくないという思考が邪魔をして言えない。
……いや、知りたいと思ったのは私なのに、なんて身勝手なことを考えているのか。
落ち着け、落ち着かないと。

青年は言うのを躊躇う素振りを見せる。

お願いだから、そのまま言わないで。
嫌だ、言ってほしい。

自分で自分がわからなくなっていく。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったかのようだ。

ありません、と答えたいのに、どうしても言えない。
どうしたらいい、どうすれば答えられる。

そうだ、もう一度記憶を探ればいい。
私がファイの身体に組み込まれるまでのことを。


母に頼まれて、快諾して、だから恋人と別れて。いや、私に恋人は「やめろ」
違う、そもそもあの会話は私とあの子のやり取りで「やめて」
私はそもそも止めようとして「やめてよ」
そうだ、あの会話をもう一度思い出し「駄目だってば」







「本当に、いいの？」

「うん、これでいいの」

「どうして？　その肉体を捨てて、魂だけの状態になって、別の身体の人格として永遠に生き続けなければならないのに。
そんなおぞましいことをされるのに、なんで受け入れたの」

「だって、お母さんに言われたから。言われたなら、仕方ないよね。どんなことでも従うのが当然のことだもん」

「母とあなたは、違うわ」

「違わないよ。私はあの人から生まれた。だから一心同体だよ」

「おかしいに決まってる……！　それに、一心同体だって言うんなら、
母よりも、私の方がそれに近いはず」

「じゃあ逆に聞くけどさ、どうしておかしいって思うの？」

「……」

「言えないの？　私を否定するの？」

「……否定するわけない！　私はあなたが大切なだけ。だからあなたを失いたくない。
あなたは、違うの？」

「ううん、私も大切だよ。——とずっと一緒にいたいとは思ってる。
けど、お母さんに頼まれたことは断っちゃいけないもん。仕方ないよね」

「……なぜ、あなたはそうなの。お願いだから、自分を大切にしてよ」

「じゃあ、逆に——だったら私の立場だったら、どうしてた？
お母さんのお願いを断ってた？」

「……それ、は」

「私と同じようにしてた、でしょ？　だって生まれたときから逆らえないんだもん、仕方ないよね」

「……私は」

「……」

「私は、あなたと一緒にいることを選ぶわ」

「……そうなんだ。じゃあ、私とは違うね」

「ええ。だから、あなたと離れ離れになんてならない。何を犠牲にしても、一緒にいる道を選ぶ」

「……そっか。言いたいことは、それだけ？　なら、そろそろ行くね」









「さようなら、お姉ちゃん」










……懐かしい声が、頭の中で響いた。
身体から力が抜けて崩れ落ちた。

ああ、そうだ。どうして忘れていたんだろう。
ファイのオリジナルは、私が一番大好きな——

その答えを返すと、頭の痛みはきれいさっぱり無くなってしまった。

一旦話を区切るように一呼吸、間をおく。

そう話すのは、いつか出会ったアムルイという少女だ。
あの時は偶然から、少しだけ話をしてすぐに別れてしまった。
だが今は、共に戦う仲間として肩を並べている。

君は彼女に追いつけたのだろうか？
彼女が見ている景色と、同じものが見えているのだろうか？
内なる疑問と向かい合っていると、彼女が口を開いた。

そうだ。あの時、答えられなかった問いがある。
今ならきっと、答えられる問いかけが、目の前に。

なでなで。

凶悪な笑みを浮かべながらそう言う。

なんか妙に踏み込んでくるジャンク達である。

ほんと騒がしいジャンク達である。

騒いでる傍らでじいの側に寄っていくバケっちゃんである。

勿論、と言って、青年は続ける。

青年は珍しく言うのを躊躇う素振りを見せた後、告げた。

　純粋な瞳の色を浮かべる少年に、軽く頷いた。

　触れてみても、注意して探らなければ魔力だと気づかなかったかも知れない。
　だが、勘は告げている。彼は恐らく、戦闘に特化した体だと。

　魔術師とやらが、ファイを、何の目的で連れてきたかは気になる。
　しかしこの調子では、目的を聞きだそうにも本人が自覚していないように思えた。

　内心は、ファイの教育を任せてもよい相手か見定めたいと考えている。
　そもそも心配する立場でもないはずだが、妙に気になったのだ。

思わずファイの顔を見つめて問い返す。
だとしたら一揆自体誰かが意図的に計画して起こしたものなのだろうか。

にっこり微笑むとそう言い。

思い出したように荷物をごそごそと漁り、小さな袋を取り出して差し出してみる。

くすくすと楽しそうに笑い。

荷物から犬用ブラシを出してフェイに渡すと、くるりと一回転して大型犬くらいの大きさの狼に姿を変えて。

そう狼の言葉で言うと、フェイの目の前に伏せてぱふんと大きな尻尾を振った。

種族的には正確をいえば異なるのだろうが、パッと見の分類では確かな馬類である。
馬といえば乗り物の基本なのだから、望まれて当然なのか……と。

それ相応の苦労もあろうが、と苦く笑いつつポツリ。
危険なのは承知だが、案を言うくらいなら構わないだろうというアレである。
見れないならば構わないとの発言には、少し安堵したように息を吐き。

そう言えば、ミクネやアルコルやステファニーについてを簡単に語ってやる青年である。

それはもはや球体というよりも1つのインテリアのようにも見えそうだ。
尤も、『お守り』である以上はそういう使い方はできないのだろうが。

答えを得た。
けれどそれは、きっと始まりでしかなくて。

答えをくれぬものに、挑むために。
答えなんてないものに、抗うために。